第十四章 正義

僕の願いは叶うことはなかった。彼に、あの山の月を見せてあげることができなかった。彼の悲しみを還すことが、僕にはできなかったのだ。 連行される際、彼はようやくこちらを見た。そして、口角を上げて微笑んだ。僕にはその笑顔の意味…

第十三章 警笛

すべてなんて、許されなくていい。ただ、ほんのひとしずく、認め合えるものがあれば、それだけで人は生きていけるのだ。時に過ちを犯しながら、傷つきながら、ボロボロになりながらだって、人は前に進める。前を向けなかったら、横を向く…

第十二章 共犯

すべてを話し終えた隼人は、深呼吸するとそのまま黙ってしまった。僕もまた、言葉を失っていた。マンデリンもホットミルクも、すっかり冷めてしまっていた。 そういうことだったのだ。ランパトカナルは、彼と失われた命を繋ぐ唯一のもの…

第十一章 幻影

光の粒子、シナプスの断片、微弱な季節の裏切り。あるいはいずれでもなく、闇に還るためのあらゆる手段……ランパトカナル。それは月から来て月へと還る。両手に悲しみが満ちたら、それを月に還してあげるのが、与えられた使命。彼はそう…

第十章 名前

対象から自分の一部へ。それはなんとも哲学的な体験だった。僕の中に棲みついていた孤独や傷が、まるごと肯定されていく感覚すらあった。こういうのを、もしかしたら人はぬくもりだとか呼ぶのだろうか。 悲しみが両手に満ちたら、それを…

第九章 脱獄

自分の人生にこれ以上、後悔は積み重ねてはならないという強い想いだけが、僕を突き動かしていた。このことを犯罪だとか、自己満足だとか、職権濫用だとか、いくらでも悪く言うことはできるけれど。 彼は不思議そうな顔で僕を見る。運転…

第八章 責任

壁掛け時計の音だけが部屋に響いている。彼の両親はさっきからずっと黙ったままだ。彼もまた、俯いてじっと床を見ている。僕がどうにか言葉を出そうと思案しているうちに、部屋に住吉が入ってきた。そうして書類を机の上に置いて、 「ケ…

第七章 過去

蝉の鳴き声に耳を預けながら、彼は中庭のベンチに一人座っていた。僕は彼を見つけると、「隣、いいですか」と声をかけて腰を下ろした。 「ここへ来て、もう半年になりますね」 ミンミン蝉の声がシャワーのように二人に降り注ぐ。夏の厳…

第六章 詩集

例えば他の誰かに、自分を知ったような顔をされて何もかもを解剖されてしまったら、それを心地よいと感じる人などいるわけがない。そもそも、精神科医の仕事はそういうものではないと僕は考えている。 中にはあらゆる論理を用いて患者の…

第五章 告白

冷や汗で目が覚めた。目の前には、パソコンのモニターとファイルの山。それから小ぶりの置時計が時を刻んでいた。時刻にして午前三時半。 (なんだ……) なんという夢を見たのだろう。若干、動悸が早くなっている。僕は白衣のポケット…