第十二話 色彩
想いが通じ合うということに起因する自己肯定感は、人生の中で味わう喜びの中でも最上級かもしれないとすら、裕司は感じていた。 毎日が色彩豊かな日々だった。 教室の白いカーテンは風に踊っていたし、彼女の制服の赤いリボンに触れた…
想いが通じ合うということに起因する自己肯定感は、人生の中で味わう喜びの中でも最上級かもしれないとすら、裕司は感じていた。 毎日が色彩豊かな日々だった。 教室の白いカーテンは風に踊っていたし、彼女の制服の赤いリボンに触れた…
佳恵は怒られる、と身をかがめた。 「まぁ、でも……」 北野はテンションを戻して、けろりとした表情になった。 「いっか」 「いいんですか!?」 思わずつっこむ佳恵。 「え、だって、駒春日病院の患者さんってことでしょ。あそこ…
こころのケアセンター・・ラナンキュラスは、八王子駅から少し奥まったところにある、小さなカウンセリングルームだ。北野修介が十年ほど前に、病院から独立して起業した。 北野はいくつかの精神科病院についてその内情をよく知っている…
壁掛け時計の秒針ばかりが進んでいるようにすら感じられた。北野は佳恵からの連絡を待っていたが、一向に鳴らない電話に若干の焦りを感じはじめていた。 「遅いね」 「遅いですねぇ」 真奈美はカフェラテを飲みながら相槌を打つ。 「…
祐司の問いに、佳恵はまっすぐ彼の目を見ながらこう言った。 「自分にできることを、しなきゃって思っただけです」 「……どういう意味?」 「そのままの意味ですよ。私はもう、後悔したくないんです」 佳恵はフラペチーノを一口飲ん…
「そんな恰好じゃ、ちょっと困りますよね」 ふと、タクシーの中で佳恵が言った。 「え?」 『そんな恰好』とは、保護室処遇のためのスウェットのことだろう。先刻までそこにいたのだから無理もない。 「駅前にショッピングセンターが…
佳恵の中には、企みという名の衝動が渦巻いていた。それは、懐かしい日々を急速にたぐり寄せた時に発せられる「もや」のように彼女を包み始めた。 自分の目の前に、犬伏裕司がいる。もはや見間違いようがない、現実。これをここで今受け…
我ながらなんという嘘をついているのだろう。佳恵が冷や汗をかいていると、恵は驚いた表情で、 「犬伏くんに妹さんがいたなんて……!」 と、感動すらしている。 「生き別れってことは、きっと色々あったのね」 「えっと……」 「い…
秋が一歩ずつ前進して、空気が澄み始める。この季節の風物詩といえば文化祭だ。駒春日病院も例外ではなく、『春日祭』なる催しが開かれることを知ったのは、最初は病院のロビーのポスターだった。 精神科病院が、文化祭。しかも、患者が…
なまじお腹が痛いと言ってしまったため、その日の昼食はお粥にされてしまった。午後二時には既に空腹を感じてしまった裕司は、散歩ついでに売店に寄ることにした。外出時は、ナースステーションの前にあるノートに名前と用件、戻る時間を…