暖炉の炎

時に紅く、時にほの白く、また時に蒼く。ゆらゆらと揺らめく炎が絶えないよう、薪をくべ続けるのが僕に与えられた唯一の使命だ。 炎は物言わない。けれど、かしましい人間よりよほど思慮深いと感じる。地の果てと名付けられた場所で、僕…

ド〜ナツ

覗き込まれると、なんというか、困る。照れるとか恥ずかしいとかではなく、困る。 それをわかっていて、きみは僕の瞳を——正確には虹彩を覗き込んでくる。覗き込んではきれいだね、と嬉しそうに笑う。 右の虹彩は青、左は金色。オッド…

サファイアの涙

お前がもうこれ以上傷つかないよう、石英硝子でできた籠にお前を閉じ込めてから、どれくらいの時間が経っただろう。 朝が来るたびに、お前はその白い羽を震わせてリーンと鳴く。どんな天使の歌声よりも美しく響くそれは、私を眠りから覚…

レモン爆弾

テーブルの上にレモンがひとつ。壁に掛けられた時計は、正午を少し過ぎたあたりを指していた。 大事な話がある、と言われたのはいいが、もう何分も沈黙がこの部屋の支配をしている。 ふと、白い鉢が目についた。 「なんていうの」 私…

ボールペン

窓の外では蝉の大合唱だ。クーラーのよく効いた部屋で、彼は木製の椅子に身を預けていた。読みかけの文庫本には、クローバーをあしらった栞が挟まれている。 梅雨明けをあれほど待ちわびたのに、いざ夏がやってくると、暑さも湿気も非常…

暇つぶし

僕はしげしげと目の前の少女を見た。少女は不機嫌そうに僕の視線を受け流している。 「邪魔じゃない?」 単刀直入に僕は言った。 「その羽。空気抵抗が」 少女はダンマリだ。 「不利だと思うんだ」 ショートカットヘアの少女は、ま…

開かずの踏切、スカートの汚れ

久々に会う彼とこじゃれたカフェでディナーをするために、日もとっぷりと暮れた街を新しいスカートを履いて歩いていた。 遮断機のバーが降りはじめて、しかし私は走ることをしなかった。ワイヤレスイヤホンの右側が耳から落ちてしまいそ…

ゼンマイを巻く

地元のミニコミ誌の取材依頼が来たのは、紫陽花たちが雨に濡れて彩りを増す時期のことだった。 はなみずき通りと名付けられた通りに面したこの店だが、流行のカフェとは違って年号が昭和の頃からほとんどスタイルを変えていない、自分で…

朝と灰

(1) 皆川先生が亡くなった。その一報をLINEで受けた夜、僕はタブレットにダウンロードした「ニューシネマパラダイス」を観ていた。トトとアルフレッドの熱い友情に名作の呼び声高い映画だが、僕にはいささか美しすぎるように感じ…

水曜日の午後、喫茶白鳩にて

しとしとと雨の降る夕まぐれには、決まって彼のことを思い出す。彼はこういう日にこの喫茶店に来ると、いちばん窓際の席に座って、ずっと外を見ていた。雨だれがガラスに打ちつけるのを寂しげに、しかしどこか楽しそうに眺めていた。 彼…