第三話 エラー

あの日、夏の日差しを照り返した白球は、虎谷幸広をあざ笑うように飛んでいった。試合終了のサイレンがワンワン鳴っている中、泣き崩れるチームメイトを横目に、幸広は不思議な気分でマウンドに立っていた。 あ、終わったんだ。 毎日汗…

第二話 有理関数

工藤征二の朝は早い。起床時間より一時間も前にデイルーム(患者が日中を過ごす場所) 入口で本を読みながら、鍵が開くのを待っているのだ。その日の宿直の高橋美和は、不眠を訴えてナースステーションに来た女性の対応をしてから、扉越…

第一話 キランソウ

第一総合病院精神科病棟。その晩、デイルームのテーブルの上には青い花が飾ってあった。高橋美和は夜勤で眠い目をこすりながら、時々ナースステーションからそれを見た。 とても気持が和んだ。かわいいもの好きな美和だから尚更だ。花な…

プロローグ 彼女の涙

彼女は一人泣いていた。 どんなに堪えても、あとからあとから涙がこみ上げてくる。 ……どうして。 誓ったはずなのに。あの日、確かに、誓い合ったはずなのに。 無情にもタイムリミットはやってくる。 彼女は、一人、その場を後にし…

エピローグ

夏真っ盛り、大学は夏休みに突入し、私はアルバイトに勤しんでいた。あの日以来、アルバイトが終わると、必ず彼の家に顔を出すようになった。アパートの室内では、牛丼屋を辞めた彼が、緩慢な動作でアルバイト求人誌をめくっている。 私…

八限目 笑いごと

「社会のために役立ちたいです」 「困っている人に手を差し伸べたいです」 こうした志望動機が、自分が役に立つ人間である、自分自身は困っているわけではないといった類の尊大な態度の、他ならない表明である。そのことに気づいている…

七限目 動機

彼のスマートフォンから着電があったのは、アリミと池袋駅前で別れてしばらく経ってからだった。外はだいぶ暗くなっていて、時刻も午後6時半を過ぎていた。 「もしもし」 しかし、期待した声は聞こえてこなかった。電話の主は、やや遠…

六限目 友達

面会室で向かい合って座った。佐宗はにこにこしながら私を見つめている。 「あの……」 私から声をかけると、「なに?」と嬉しそうに佐宗が応答する。「なに?」は私のセリフだ。 「どうしてこんなとこにいるのかって? 気になる? …

五限目 再会

実習も折り返し地点に入り、内容にも日々の日誌書きにもこなれてきた頃のことだ。朝からデイケアの事務室内が緊迫した雰囲気に包まれていた。 実習の指導教官を含めた3名が、なにやら深刻そうに話し合いをしている。 「いや無理ですっ…

四限目 蛙さん

佐宗がぱったりと大学に来なくなったのは、6月に入って間もないころだった。「もたなかったね」「所詮は芸能人のおままごとだったんでしょ」など、好き放題に言われたが、どうもネットニュースに出た記事がきっかけらしかった。 『芸能…