最終話 花飾り

彼はまるで宣言するように言った。 「本当は僕には、人を愛する資格なんてないのかもしれない」 「どうしてそう思うの?」 私がストレートにそう問うと、彼は一瞬だけ口ごもってから、 「……笑わない?」 私は真剣に頷いた。 「笑…

第十八話 ワンピース

夜の新宿で待ち合わせた。あの日と同じ、霧雨だった。 東口のアルタ前で春色のワンピースを着て、歩きやすいようにヒールの低めのパンプスを履いて、緑色の傘をさして立っていた。 カバンには、先日彼が残した一枚のメモ帳が入っている…

第十七話 メモ帳

あれから、彼は無難な言葉ばかり並べ立てて、私に努めて優しく接した。わさびとソースで汚れたレンジの掃除までしてくれた。 私といえば、思い出したように熱が上がってきて、ベッドに突っ伏してしまったのだが、そんな私を彼は介抱して…

第十六話 ミルフィーユ

待ってたよ、疲れた? そう言いかけた私をさておいて、彼はなんの躊躇もなく私の家に入ってきた。 「ちゃんと食べてる? 暖かくして、睡眠もしっかりとらないと」 「……そうだね」 まるで、昔からそうであったかのようにごく自然に…

第十五話 お掃除

「風邪ですね。気温のアップダウンが激しいので、気をつけてください。漢方だけ出しておきます」 医師にそう言われて、クリニックでは、葛根湯だけ処方された。平日に仕事を休むほんのりとした罪悪感もあってか、私の胸中は終始ざわつい…

第十四話 操作ミス

笹塚駅からの帰り、彼と二人、列車に乗った。ガタゴトと揺れる車内を、彼と手を繋いでいた。バラの花束をもう片手に携えた私は、はたから見ればそれはもう幸せに映っただろう。 暗闇の中を走る列車の中で、彼が静かに口を開いた。 「1…

第十三話 脅迫

私は唖然として彼を見た。彼は大切そうに小さな花束を抱えている。 (これは、夢か?) 私は自分の頬を軽く叩いた。どうやら夢ではなさそうだ。 「それ、なに?」 「花束」 そういうことを訊いているのではない。だが彼は飄々とした…

第十二話 セバスチャン

どこをどう歩いたのか走ったのか、よくわからなかった。ただ、この笹塚駅付近にいるはずの彼の姿をひたすら探した。傘なんて持っていなかったから、せっかくのカーディガンもストールもびしょ濡れになった。 「Bonne baye」=…

第十一話 糸(予感)

気疲れして、笹塚駅のドトールのカウンターに身を沈めてしばらくぼーっとしていたら、目の前に置いたスマホが鳴った。彼からのラインだ。 「どこにいるの?」。 ん? 南口のドトールって送ったはずだけれど。 続けてラインは送られて…

第十話 準特急

京王線の準特急は、笹塚駅に止まる。そんなどうでもいいことが、やけに気にかかる日だった。 とにかく急いでいた。仕事が長引いて、彼と待ち合わせしている新宿へ着くのが約束の18時を過ぎてしまいそうだった。 調布駅からようやく乗…