長編小説

  1. 「彼」について

1.「彼」について

「彼」について イメージ
悪夢をいざなう(元)精神科医、死体と会話する解剖医、人格がほつれ出した若き刑事、そして天使になってしまった「君」。

彼が、誰の笑顔も思い出せないのは何故だろう。

これは不条理が容赦なく降り注ぐ魔都市・東京で繰り広げられる、どこまでもくだらない舞台だ。

「決して、俺を、忘れるな」

彼が血とともに吐くその言葉を、しかし彼自身が誰よりも嘲っていることに、彼は気づいていない。

信じたいのだ——愛とは、正義とは、無条件に肯定されるべきものであると。その手で、真に愛しい人の変わり果てた姿を抱きしめながらも、なお。

「愛の意味」と「正義の定義」を追い求め続けた、愚かな「彼」の顛末を話そうか。