第一章  幻想即興曲

篠畑礼次郎はスープを掬う手を止めた。しばし微動だにしなかったのだが、たった今受けた報告をもう十分に咀嚼したのか、一人で頷くと

「資料はありますか」

そう若宮郁子に訊ねた。若宮は青ざめた顔色を戻せないまま、おぼつかない手つきで鞄をさぐりペラペラのレジュメを取り出すと、

「資料と言うには不十分ですが」

そんな言い訳をしながら、篠畑に手渡した。篠畑はそんな若宮の様子を楽しそうに見る。目を細め、愛玩動物でも愛でるような目つきで。いつものこととはいえ、それが若宮には甚だ不服だったが、事態が事態なだけに仕方がない。

「それにしても、もう三年前か。随分とあれも楽しませてもらったなぁ」

「『あれ』とは?」

篠畑はわざとらしく笑った。

「伝説のロックミュージシャンのラストステージですよ」

若宮は途端に顔をしかめた。

「しみじみ浸る様な思い出ではないと思いますけど」

「美しいか否か。正義か悪かはそれで9割がた決まるんです。なるほど世の中うまくできている」

篠畑は何度も頷いた。若宮はますます落ち着かない。篠畑はちゃんと資料、というよりはメモに近いが、それを読んでくれているのか。

「あのヴォーカリストは世の中の真理を知っていた数少ない人間でした。何だっけ? 彼らの最後のアルバム」

「『PROMISE』です」

「そうそう、それね。最後のトラックは僕のお気に入りでね。サビはそらで歌えるんですよ」

「先生!」

しびれを切らせた若宮が思わず叱責するような声を出す。そんな彼女の態度すら見透かしていたかのように、篠畑はにこやかに笑いながら、

「なんですか」

若宮の神経を逆なでるようにわざとらしくとぼけてみせる。

「ちゃんと資料をお読みになってください。そんなに悠長にあのアーティストについてしゃべる時間はないんです」

「確かに。スープが冷めてしまう」

若宮は喉まで出かかった言葉をぐっと飲みこんだ。彼とまともに会話していたら、とてもじゃないが神経がまいってしまう。篠畑は相変わらず、右手でスプーンを弄びながら、漫然と資料に目を通している。若宮は辛抱強く『その時』が来るの待つしかなかった。

「……エネルギー70kcal、たんぱく質 1.0g、脂質0g、炭水化物16.6g、ナトリウム570mg、うち食塩相当量1.4g、ビタミンA効力336IU……」

篠畑が呟くのはスープの成分内容だ。

こんな時間が本当にもったいないと思う。だが、「無駄」ともまた違うのだろうという確信は、若宮にもあった。

事実、若宮の予想より遥かに早く、またあっけなく、「その時」はやってきた。篠畑の視線がある一文をたどった瞬間、彼は表情を一変させたのである。

「バラの棘で? へぇ、漫画の世界では陳腐ですが、こう、現実となると面白い」

篠畑は新しい玩具を手に入れた子供のように目を輝かせている。急に椅子から立ち上がったかと思うと、シェークスピアの舞台でも演じるかのように、資料を片手に朗々と語りだしたのだ。

「今回の主演女優はまた、この世の殺伐さに辟易していたのであろう。素晴らしいラストの演出だ」

「先生」

「是よ、あるいは非か? いずれにしろ我らの歴史にまた一つ、美しい汚点が残され、記された」

「先生、あの」

「その点はやがて連なり線となる。線は束ねられて川になる、そして大海へと生命の奔流へと還るのだ!」

若宮は右手で篠畑のすぐ近くでテーブルをドン、と叩いた。篠畑はちらりと若宮を見やった。

「君には演劇鑑賞の趣味はないようですね」

「学生時代は演劇部でした」

「ほぅ、初耳。何を演じたんですか? シェークスピア? 坪内逍遥? 誰を演じたんですか?」

「名前を貸しただけの幽霊部員でしたけど。本業は合気道部でしたから」

篠畑はますます顔を紅潮させ、「へぇ!」と感嘆した。

「それは君の職業にピッタリじゃないですか。天職とはこういうことを指すのですね。素晴らしい!」

「それはどうも」

若宮はぶっきらぼうに答えた。なんだか悔しくなってきた。なんでこんな人を頼りにしているのだ、自分は、と。

だが背に腹は代えられない。若宮は話を進めるため、外部の人間にご登場いただこうと話を切り出した。

「先生、客人が来ています」

「僕に?」

「はい」

若宮は扉に向かって「どうぞ!」と声をかけた。すると、少し間を置いて鉄扉の向こうから、高校生と思しきブレザーの制服を着た少女が現れたので、篠畑はおや、と呟いた。

「これはまた、随分と若い客人じゃないですか」

「彼女は未成年です。本来、このような場所には来るべきではありませんでしたが、彼女の『悩み』の解決をあなたに見込んでのことなんです」

そう紹介されると、少女は恐縮して篠畑にお辞儀した。

「お嬢さん。お名前は?」

「……」

口ごもる少女に代わって、若宮が「栗原美恵さんです」と紹介すると、篠畑はほがらかに笑ってみせた。

「美恵さん、はじめまして。僕は篠畑礼次郎。ここの『住人』です。ここに来たという事は、君は僕のことを少しはご存知なのですか?」

美恵はゆっくりと頷いた。篠畑は満足げに、

「それは光栄です」

と微笑む。

少女は震える手で持っていたカバンから一本、カッターナイフを取り出した。

「それは?」

篠畑はわざと美恵に訊いた。彼女が困ることは明白だ。美恵は消え入るような声で、

「……これを、使おうと思いました」

懺悔でもするように漏らした。篠畑はふーん、と呟き美恵にカッターを渡すよう促した。それを受け取った篠畑は、単なる百円カッターを何度も興味深く観察を始める。若宮はゴホン、とわざとらしく咳払いをするのだが篠畑の耳には入らない。

しばらくカッターの刃を出したり引っ込めたりした後、ようやく彼は口を開いた。

「君は一つの真理に辿りついたのですね。その若さで。素晴らしい」

すると美恵はますます恐縮してしまい首を横に振った。若宮が彼女を代弁する。

「美恵さんは困り果ててここに来たんですよ。それくらい先生ならおわかりでしょう」

「はい、もちろん」

「先生の協力が必要なのです。彼女を救うには」

「救う?」

「わかっているくせに訊き返すの、やめてもらえませんか」

チクリと若宮が毒を吐くが、篠畑は涼しい顔だ。

「美恵さんはすでに真理に達しているのに? どこからどこへ救うというのですか」

「先生のことを、美恵さんはインターネットでしか知りません。存在すら定かでなかったのに、わざわざ会いに来ると言う事は、それなりに重大な理由があるからに決まっているじゃないですか」

若宮が捲くし立てるも、篠畑は何食わぬ顔でスープを一口飲んで、

「ああ。すっかりぬるくなってしまった。中途半端なものほどだらしないものはない」

独り言を展開するものだから、美恵はすっかりうなだれて、篠畑の脇に置かれた自分のカッターを見つめながら涙をまぶたに浮かべた。

「……ごめんなさい」

「美恵さん、ここは別に懺悔の場所じゃないから、謝る必要ないのよ。ね、先生」

「最近では百円均一でも、包丁やカッターが手に入るそうですね。実に便利な時代です」

冷めたスープを残して口元を拭くその仕草に若宮は苛立ち、対照的に美恵は怯えていた。

「だからこそ、薔薇の棘と言うのは素晴らしい。自然に身を任せる時、人間は果てのない快楽に導かれるのです。誰でも知っている例が生殖行為。しかし、この主演女優はその上層階を知っていた、そして自らの身をもって証明した。ああ、素晴らしい、無性にアルペジオが弾きたくなってきました。若宮君、そこにあるショパンのレコードをかけてくれませんか」

「断ります。それどころじゃないです。あと、うら若き女の子の前なんですから言動には気を付けてください」

美恵は気まずそうに俯いている。

篠畑はわざとらしく首を傾げると、自分でレコードをかけることにした。彼のお気に入りのショパンが流れ出す。

「ふむ……」

篠畑は、ようやく席に着くとレジュメを真剣に読み始めた。美恵は彼のマイペースさとどこかミステリアスな雰囲気にすっかり気おされてしまっている。

「3か月前に大量のバラの苗を購入。それを自宅浴室で栽培。浴槽いっぱいに蔓が生えたところへ、睡眠薬を服用した彼女は自ら茨の海へ飛びこんだ。ふむ……。若宮君、バラとはそんなに早く成長するものですかね?」

まるで美恵を無視するかのような言動に腹を立てながらも、若宮はコホンと咳をした。

「彼女はギャラのほとんどを植物用の栄養剤に変えていたそうです。異常なまでの執着心ですね。それでいて、マネージャーにすら秘密であったとされています……さすがに、周囲も不審には思っていたそうですが。死因はまだ不明です。でもきっと、苦しかったはずです」

「なぜこのような最期を選んだのか? 全ては未解決のままの方がいいのでしょう」

「なぜですか?」

「その方が美しいからです」

「は?」

「謎は謎のままが美味です」

若宮はため息をついた。篠畑の悪い癖だ。「美しい」と言う言葉を彼はよく使う。美しいか否か。それは世の中の真理すべてであると。若い彼女には理解しがたい考えだ。ましてや篠畑に出会ったばかりの美恵などは、すっかり憔悴しきっている。若宮は、半ば利用するようで申し訳ないが美恵を引き合いに出すことにした。

「こんな少女が困っているのを見捨てるのは、『美しいこと』ですか」

篠畑は片まゆを上げた。棘の姫の話題に夢中になって、もう美恵の存在を忘れていたのである。

「これはお嬢さん、申し訳ないことをしましたね。君もまた、真理に行きついた一人として丁重に迎えなければならないというのに。若宮君、彼女にもスープをもってきてください」

「私はメイドじゃありません」

若宮があきれて答えると、部屋の鉄製の扉が開いて、廊下からカチャカチャと食器を重ねる音がしてきた。

「ああ、スープしか飲めなかったなぁ」

篠畑は何事もないように、自分で食器を扉の近くへ持っていくと、そのまま扉の外へ置いた。

「774番!」

事務的な声が廊下から聞こえる。篠畑はそちらを指さした。

「美恵さん、今の聞きました? あれね、僕の番号」

「え?」

「774番!」

「はいはい」

「返事は一回でいい!」

「はーい」

廊下の足音が遠のいていく。篠畑はふー、と息を吐いて悠然と席に座った。

「わかっていただけましたか? 僕の立場は」

「いえ……」

「若宮君、説明してあげてください」

若宮は「なんで私が……」と呟いてから、しかし彼女をここまで連れてきた責任もあると思って言われる通りにボランティア精神で説明することにした。

「美恵さん。あなたは篠畑礼次郎という人物を、どのように思っていましたか?」

「えっと……」

本人を前にしては言いづらいだろう。だが篠畑はニコニコして促す。

「遠慮はいらないですよ」

「そうそう。こんな変人に遠慮など無用です」

若宮が反撃してみせるがしかし、篠畑がそんなものを気にするわけがない。

少し置いてから、美恵はゆっくりと口を開いた。

「あの、ネットの情報を、そのまま引用すれば……」

美恵は視線を自らの足元に落とした。

「『耽美なる死を導くもの』」

若宮はさっとそれをメモに取る。

「その呼び名は……あの巨大掲示板ね」

美恵はこくりと頷いた。

「若宮君、せっかくだから他の呼称もご紹介しましょうか。美恵さん、あなたにはその資格がある」

あんたは何様だ、と若宮は内心で毒づく。

「じゃあ若宮君、お願いします」

「……はいはい」

美恵は申し訳なさそうな顔をして若宮を見る。若宮は、いいのよ、と前置きしてから、

「どうせ伝えなきゃ、先生が本気になってくれないから」

と美恵の苦笑を誘った。

「『見えざる影』、これはあるSNSで流行った呼称。ここで十人以上が先生と知り合いました。結局食い止められたのは2人だけ」

「食いとめられた?」

「正確には『思いとどまった』と言った方がいいかしら。先生とコンタクトをとった『殺人願望者』は、いずれも罪を犯すことなく自分から命を絶っています。ですが、2人だけ生き残った。彼らは今、先生の教えを守って暮らしているはずです。そうでなければ、今頃とっくに捕まっています。少なくとも私のもとにはそういった情報は届いていません」

「殺人願望……」

美恵はタブーを口にするかのように呟いた。篠畑の横に置かれたカッターを見つめる。

若宮はふぅ、と長めに息を吐いた。

「殺人願望なんてぶっちゃけ、単なる性欲のすり替え行為なんですよ。美恵さんのようなお嬢さんに言うのは酷かもしれないけど、サイコなんてのはただの欲求不満。カッコ良くないどころか、とんだ恥さらしね」

若宮の言葉に、美恵はうなだれた。

「私、本当に馬鹿でした。そんなカッターで、呪いが解けると思ってた。ニュースでやってたんです、大学生がカッターで同窓生を刺したって……だから、その、自分でもできるんじゃないかって」

篠畑は美恵の言葉をじっくり咀嚼している。というより、彼女の発するイントネーション、アクセント、全てを味わっているかのようだ。

「理由は何ですか? いじめ? それとも痴情ですか?」

「先生、もう少し言葉を選んでください」

「いえ、あの」

美恵はごくりと固唾を飲んだ。

「……違うんです」

若宮は篠畑に、再び資料を見るよう促した。

「2005年から、辰野宮高等学校で、相次いで自殺者が出るようになった。8人にも上った自殺者は、いずれも遺言代わりに一文字ずつを謎のメッセージとして残していた。『い』『た』『り』『な』『に』『せ』『わ』『あ』……」

「今度は、私の番なんです」

「ははぁ、なんの凝りもない暗号。いや暗号にすらなっていない。これは貴方の元に、『し』の文字を残すように促すメッセージでも届きました?」

篠畑の状況把握の素早さに、美恵はもちろん若宮も舌を巻いた。

「そうなんです。だから、怖くて。でも、『し』は私の担当だから、卒業までに死ななきゃって思ったんですが、もうあと少ししかない。しかも死ぬ方法は他の8人と重なってはいけない。どうすればいいのかわからなかったから、カッターで……」

「カッターで?」

篠畑はここぞとばかりに身を乗り出して訊く。彼のかなり興味深い部分だからだ。まったくいい性格だよ、と若宮は篠畑に気づかれないようにため息をついた。

「楽に死にたかったから、だから……」

美恵は言葉を詰まらせた。押し寄せてくる罪悪感に耐えられないかのように。それを悟った篠畑は、とびきりの笑顔を見せた。

「美恵さん、ここは『拘束された自由』の空間です。何を語ろうと自由なのです。例えばそれが浅ましい性癖であろうと、くだらない食べ物の好き嫌いについてでも、一切構わないのです。そうですね、では先に、僕の嗜好からお話しましょうか?」

「先生、あなたの趣味の話は結構です。美恵さんの話を傾聴してください」

「い、いえ、若宮さん、いいんです。あの、その方が私も、話しやすいし……」

篠畑はそれ見たことか、ニコリと若宮を見て(ますます若宮の眉間のしわが深くなったのは言うまでもない)、美恵に自分の隣に座るように言った。美恵は遠慮がちに腰をかけた。

「僕の趣味はね」

篠畑は、頬杖をついて美恵を見据えながら、こう披露した。

「人形遊びです」

「人形遊び?」

「もっとストレートに言えば、自殺教唆です。最近多いでしょう? 『死にたい』と口癖のように言う人間が」

「……」

「僕の職業も伝えておきましょう。僕は、元医師です」

これに美恵は感嘆の声をあげた。「耽美なる死を導くもの」が医者だったとは。

「今からどれくらい前だったかな? ある有名女優が僕のもとへ訪れてね。彼女は典型的な鬱状態だった。うつ病とはまた違う状態像なんだけど……そんな細かい話はどうでもいいか。そこで僕は抗うつ剤を処方したんです。同時に、精神科専門療法も実施した」

「精神科専門療法?」

「大したことはしません。患者の身振り、手ぶり、目つきなどの様子と話を傾聴することで、薬の目安をはかるのです。よく催眠だの洗脳だのと勘違いしている方がいますが、精神科医のすることといったら、それくらいなものですよ」

「そうなんですか……」

「でもね。そこで僕は実験を始めたんです。精神を病み苦しんでいる人に、優しい言葉をかければ患者はそれに縋る。ということは、甘言で彼らを自殺に導くことはできないか、と」

若宮はイライラして机を何度もトントン叩いている。

「だから今、僕はこんな場所にいるんですよ。拘束された、しかし自由な空間に」

若宮がここで口を挟む。

「アークボーイズのシュンを自殺させたのも先生だと、ネットではね……」

「誰ですか? それは」

「先ほど先生が好きだと仰っていた『あの』アーティストですよ。好きなら名前くらい覚えてはいかがですか」

「死んだ人間には悪いですが興味が湧かなくてね」

「私はシュンのファンでした」

美恵は罪を告白でもするかのようにうなだれた。

「私の学校で自殺した子は、みんなアークボーイズのファンでした。ラストアルバムの隠しトラックを聴いた者は呪われるっていう謎を残し、シュンは死んでしまいました……」

「ああ! あのアーティスト。彼の最期は壮絶と言っていいのかな? 僕はただ腹圧を教えただけなのに、彼は最期に真理に辿りつき、永遠になった」

「何が真理ですか。相変わらず先生のおっしゃることは理解に窮します。今どき割腹自殺だなんて、そうとう腕が良くなきゃその辺の刃物じゃできないでしょう」

「ああ、それなら」

篠畑はにっこり笑う。

「メスをお貸ししましたけど」

「精神科医がなんでメスを持っているんですか」

若宮がジト目で言い返すも、篠畑は飄々と、そしてしれっと白状してみせるのだ。

「手術用のピンセット、はさみ、メス、注射器、カテーテル、聴診器は揃っています。昔、ある女性から譲り受けたものなんですけどね」

「は? 先生に恋人なんていたんですか?」

若宮のストレートな質問に、篠畑は声を出して笑った。

「僕が生涯愛した女性は一人だけです。それに、間違ってもあの人と僕が恋に落ちるわけがない。『彼女』と一緒にいたら、いつ解剖されるかわからないですからね」

「解剖……もしかしてその彼女って『ミズ・解剖医』のことですか」

「おや、存在をよくご存じで」

「噂だけなら聞いています。なんでも死者と会話するとか」

「そうそう。趣味おかしいですよね。僕とは合わないなー」

「先生の『人形遊び』にもついていける人はいないと思いますが」

「何も誰かと趣味を共有する必要はないじゃないですか」

「まぁ、それもそうですが……」

会話から外れてしまった美恵は、居心地悪そうにもじもじしていた。若宮はしまった、と慌てて美恵に話をふった。

「美恵さん。今度はあなたが話す番よ。ここまでの変人相手なら、なんでも話せる気がしないかしら」

「え、はい」

篠畑が手をひらひら振った。OKのサインのようである。美恵は決意したように、ゆっくりと話しだした。

「リングになっているんです。限定版のアークボーイズのラストアルバムの最後の隠しトラックに気づいた子たちが、ネットで呪いの噂を聞いて……。それで、最初の犠牲者が出ました」

若宮は首を傾げた。

「美恵さん。いまいち話が飛躍して理解できないんだけど……。アークボーイズのアルバムの隠しトラックと、呪いの噂と、最初の犠牲者との関連は?」

「つまり、あの、呪いの内容です」

「ほぅ。呪いとは一体、どのような呪いでしたか?」

「……卒業までに、自分より後にその曲を聴いた者がいなければ呪いで変死する、と」

「要するに自分がラストリスナーにならないようにすればいいわけよね」

「私、何も知らなくて。ただ自殺者が出るたびに、あの限定版の『PROMISE』が誰かから誰かに手渡されて、その度に死者が出ました」

「先生、資料をご覧ください。美恵さんの学校ではほぼ等間隔に死者が出ています」

「えーと、首つり、リストカット、服毒、飛び降り、焼身、感電、排ガス、入水。ははぁ、自殺の種類も多岐に渡りますね。これ以上他の方法があるのでしょうか?」

「カッターを……」

美恵はおずおずと言った。

「もう誰も犠牲にしちゃダメだって、自殺を考えました」

「それで?」

「そのカッターを使おうと思って、百円均一で買いました。でも、死に切れませんでした……。警察に行ってこの事を話したら、若宮さんに出会って、そして若宮さんが篠畑先生、あなたに会わせてくださって」

「死にきれなかったからって、どうして僕のところへ来たのですか? 僕は先ほど、若宮君からもらったあの女優の自殺のニュースが気になって仕方がないんですが」

そんなことを言い放つ篠畑に対し、若宮はあからさまに不快な顔をした。

「先生、それはわかってて仰っているんですか」

「僕は何もわかりません。こんな場所にいてはね」

「彼女……美恵さんは死のうとして死にきれなかった。殺されそうになって死にきれなかったあなたと、素晴らしい共通点があるではないですか」

「僕はもう法の上では死んでいますよ」

「そりゃあ、確かに死刑は執行されましたが……」

美恵はキョトンとしている。

「ああ、ごめんなさいね。説明が足りなかったよね。先生はね、自殺教唆で罰を受けてるんですよ。死刑。でもね、ここからが笑っちゃう……いえ、笑っちゃいけないんだけど、先生はね……」