「いいんですか? 事件を見逃して被害者を出すなんて。バレたら始末書じゃ済みません、私」
「それはご愁傷様です」
「他人事だと思って……」
「実際、他人事ですし」
「先生って、本当にいい性格してますよね!」
「褒められると照れますね。お礼に、近くのカフェでランチにしましょう。朝がスープだけだったのでおなかが空きました」
別に褒めてないんだけど、と言い返そうと思った若宮だったが、せっかく篠畑がおごってくれるというので(勝手に彼のおごりだと思い込んでいる若宮もなかなかの性格である)、言葉をぐっと飲み込んだ。
別段、本当にあの愚かな少女が死んだわけではない。流石に懲りたであろうが。
「それにしても若宮君、なかなか似合ってますね、女子高生のコスプレ」
「その表現はやめてください。仕事の為の変装です」
「そのままでカフェに行きます?」
「冗談じゃない! 一旦着替えてきます」
「じゃあ、14時に駅前で」
「はい。……あ」
「どうかしましたか?」
「そう言えば、先生。『とっておきの秘密』って、あの2枚目のCDのことですか?」
若宮に指摘されても、篠畑はけろりとした表情を崩さない。
「あぁ、彼女に伝え忘れちゃったな。いいえ、違いますよ」
「じゃ、何なんですが」
「先ほど資料を読んで思い出したんですがね。薔薇の棘で自殺したあの女優、僕の患者でした」
若宮の眼が点になる。
「え、じゃあ、薔薇を買うように指示したのも……?」
「もう過ぎたことですからすっかり忘れていました。きっと彼女も、僕のことなんて覚えてないでしょうね」
若宮の脳裏に、見目麗しい女優が血眼で薔薇を浴槽で育てている様子が浮かんで、思わず唾を飲んだ。
「美しいとはつまり、人間の性そのものです。本能を装飾した理性をひっぺがすのが僕の『人形遊び』なのです。どうです? 今度ご一緒に」
「お断りします」
「ですよね」
篠畑は絵に描いたような精神科医の顔でニッコリと笑う。その笑顔の奥に秘められた彼の底知れぬ変人ぶりに、若宮は大量の冷汗をかいた。
クラシック鑑賞の趣味はもともとないが、しばらくは間違ってもショパンだけは聴くまいと決意した若宮であった。
第二章 洗脳の方法 へつづく