ミズはその日も、朝のニュースを聞き流しながら真っ赤なルージュを唇にひいていた。テレビからは爽やかな初夏に全く相応しくない話題が聞こえてくる。
「速報です。都心を中心に起こっている連続殺人事件の続報をお伝えします。今朝未明、東京都板橋区小茂根の街道で30代の女性が、胸元を鋭利な刃物で突かれたうえ、首から下を花壇に埋められた状態で発見されました」
「……」
「被害者の傍らには土が散乱し……」
ミズの手元がわずかにぶれ、ルージュを失敗してしまう。彼女は何事もなかったかのようにそれを修正し、いつも通りに家を出た。
外は今日も晴天。陰惨な事件など全く知らん顔だ。
あーぁ、こんな世界を解剖できたなら、どんなに気分がいいだろう。
この日の朝に発生した事件は、「彼」の存在証明とでもいうのだろうか。返り血を浴びた状態で街を放浪していた「彼」は、地下鉄の駅ホームでうずくまっているところを発見された。駆け付けた刑事は、彼の姿を見て驚愕した。
「葉山君……!?」
彼は、虚ろな目をむき出しにして、こう懇願した。
「僕を、解剖してください」
しかし、彼のその言葉は、電車がホームに入ってくる騒音に、無情にも掻き消される。
「葉山君!」
駆け付けた刑事、若宮郁子の悲鳴のような声だけが駅にこだました。
第三章 さようならだけはいわないで へつづく