「俺を信じるか?」
彼は相手の目をまっすぐ見ながら、というより相手の目をえぐる様な鋭い視線でそう問いかけた。
「それとも、世界を信じるか?」
「……!」
捕えられた相手は、突き付けられている凶器と思しきものをどうにか除けようとするのだが、思うように抵抗できず、詰まった息をようやく吐いている状態だ。
「なぁ、答えろよ」
彼の問いかけにも、そのあまりの恐怖から相手はしゃくり上げるばかりだ。
頭上を、帰宅電車がガタゴト云わせながら通り過ぎていく。
冷たい月が見下ろしている。しかし、その月光は高架下の二名に影を与えない。
お互いの息遣いの聞こえるくらいに近づいた目と目。一方は恐怖で引き攣り、もう一方は獲物を捕えんとする肉食獣のようである。そのカニバルは、しかし食欲で動いている訳ではなかった。
「俺は答えに辿り着かなくちゃいけないんだよ」
彼も必死なのだ。しかし、相手が彼の望む答えを言うことはない。否、できない。それには、どうしようもない事情があるのだが―――彼は、ふと目を伏せて、寂しそうに表情を曇らせた。
「……お前は、世界を一緒に憎んでは……くれないんだな」
心底残念そうに、彼はそんな言葉をゆっくりと吐き出す。
それと同時に、相手の胸部に押し付けていた鋭利な凶器を自分の懐に戻した。解放されたと見るや相手は、悲鳴も上げずに逃げ出した。
その後ろ姿を目で追うこともなく、彼は深いため息をつく。
「次の十六夜までは、待ってくれないだろうな……」
夜空を仰ぐと、月ばかりか春の星座も、苦悶する自分を嘲笑っているかのように、彼には思えた。