第八章 その面影

都会に一拍の休符を与える夜の公園には、まだ冷たい夜の空気が流れている。そのベンチの上で、葉山はぐったりと座り込んでいた。

何処をどう歩いたのかはわからない。ただ、いつも出勤するようにきちんとスーツを着て、警察手帳まで持っていた。

逃れたかった。あのICレコーダーの声から。自分の声から。……現実から。まるで長い夢を見ているようだ。

雨が降っていなくて良かったと思う。立ち込めている霧は、優しく彼を包んでいる。このまま、この世界も霞んでしまえばいいのに。

葉山には煙草を吸う習慣が無い。胸ポケットから出したのは、ノキアタイプの携帯電話だ。着信履歴を見返してみると、そこには知らない番号が躍っている。しかし見覚えがないかと言われれば、そうでもない気もする。

とにかく、歩き疲れた。このままここで寝てしまいたかったが、そういうわけにもいかない。家に帰ろうにもここが何処かがわからない。しょうがないので取り敢えず、ベンチから立ち上がろうとした――その時だ。

霧の向こうに、影が見えた。

霧自体は濃くないが、暗いせいでその影の正体を確認することはできない。街灯の光は、あってないようなものだ。しかし、葉山は考えるより先に、「あ……」と声を出していた。

ほとんど本能で判断したといってもいい。葉山の中の、深い心的な部分が瞬時にその影の正体を見抜いたのだろうか。

「先輩……?」

霧の向こう側で、影が手を振って笑った。