第八章 その面影

フラワーショップ『FLOW』の看板を照らしていた照明が落ちる。その日最後の客を見送った宝飯綾香は、店先に出されていた花々を片付けようと腰をかがめた。

「水、換えなきゃ」

そう独り言を呟き、花の表情を確認する。どれも切り花であるが、生き生きとしているように綾香には見えた。花にも感情があるに違いない。一人でショップを切り盛りする綾香には、そう思えてならなかった。

だから、花の表情が硬くなったのを、彼女は見逃さなかった。彼女自身も何かを感じ取り、ハッと顔を上げた。すると、そこにはスーツ姿の男性が立っていた。

「すみません、お客様。今日はもう閉店で……」

そこまで言って、綾香はラナンキュラスの花を持ったまま絶句した。話しかけた相手は客などではなかったのだ。

綾香が身構える暇もなく、『彼』は店に立ち入り、その呪われた右手を伸ばして綾香に突きつけた。後ずさった綾香の体が壁際に追い込まれる。恐怖で声も出ない綾香。彼は右手に握った凶器に鈍く光を反射させながら、

「……答えろ……」

腹の底から絞り出す様な声で、

「還るべき場所に、還るか」
「!……?……」
「それとも一緒に世界を憎むか」

そんな不可解な事を言うのだ。

「選択しろ」

彼は笑わない。決して笑わない。答えを求めて彷徨っているだけだ。苦悩しているのだ。その彼の眼には、店に置かれた花々が、嫌味なくらい幸せに咲き誇っているように映る。

「死にたくは、ないだろう」

綾香は必死に首を縦に振る。

美しい花々は、祝福される者たち。彼とは真逆の、日向の存在。彼はそれらを、即ち、世界を憎んでいる。

「では、共に穢れる覚悟は、あるか?」