夢を見ていたんでしょう? あなた、どこまでも純粋なのね。終わり方が下手なクラシックのクライマックスのよう。辿り着くべき音を求め、いびつな天啓を奏で続け、ステージの上で狂死したピアニストをご存じ? あの方、貴方に似ているわ。
「そうですかね?」
ええ。とても。
「どこが?」
目が、似ているの。
「目ですか」
そう。生きているのに、とても寂しい目をしているわ。
「寂しい、ね」
寂しいんでしょう?
「まさか」
私は、寂しいわ。とても。
「……」
夢を見た。とても久しぶりのことだった。睡眠はあくまで脳に休息を与える手段に過ぎないと思っている自分が、夢を見るとは。しかも、美しい天使が、不思議なことを言うのだ。
「……疲れたのかな」
篠畑は呟いた。ふと視線を部屋の奥に遣ると、若宮が静かな寝息を立てて寝ている。解熱剤を投与しなくても、彼女の体力ならばすぐに回復するだろう。
赤と白の錠剤。実はどちらも解熱剤ではない。ましてや毒でもない。両方ともただのビタミン剤だ。それを若宮は拒否した。飲んでおいても損はないと思うのだが、しかし『言葉』で篠畑はビタミン剤を恐怖に変えた。またしても若宮は踊らされたのである。
篠畑は首をちょこっと傾げた。つくづく、どこまでも優秀な主演女優だ。存在しないシナリオの上で、足掻き続けるその姿こそが美しい。しかし未だ、彼女が拠ろうものを奪うことはできないのだ。それは何か。
人々が恐らく、『正義』と呼ぶものだ。
そんなものさっさと捨てて、貴方も楽になればいいのに。それができれば、誰も苦しまなくていいのに。もっとも、それができない貴方だから、僕は選んだんですけどね。
篠畑は、椅子の上で足を組んだままもう一眠りすることにした。
雨は、誰にも別れを告げずに止んでいた。