優しい窓辺に風鈴がひとつ

私は優しい世界しか知らない
仕舞い忘れられた秋口の風鈴みたいに
必要ないと笑われたものばかり両腕に
大切に抱えて暮らしています

夕焼けってあれさぁ
空は火傷してないの
だってすごい赤だよ
空は痛くないのかな

そんなことを本気で心配していた頃
優しくない世界しか知らなかったし
空は夕焼けになるたびにどおどおと
悲鳴を上げているのだと信じていた

どこへ行ってもみんな揃って
きれい、きれいの輪唱でした
前を向くのだ、弱音を吐くな
「正しさゆえの嘘なら可」
みんなの都合を逐一気にして
ふるふる心をブレさせていた
私の瞼は弱さばかりを学んだ

あ、ほら!
また風鈴が鳴ってらぁ
誰も頼んじゃいないのに

それは正論ですか
そうだとしたなら
それは正しいことなのですか
そんな問いかけは削除されて
私はどこにもいなかったらしく
物故者欄からも名前が消された

風だけが私を心地よく揺らした。

正しさって、誰かさんにとっての都合の良さで加減が決まるの。頭数が増えればそれだけ正義の仮面として振る舞ってみんなを騙しやすくなるし、騙されているなんて気づかないあるいは認めたくないみんなは、誰かさんを礼賛し続けるために必死になって、あなたのような風鈴に「いらない」というラベリングをして息巻くのよ。それでいて生きづらさを自称する人たちが多いんだから、ほんとうにつまらないよね。そんなつまらないことに時間を割くよりも、ねぇ、もう少し窓辺で一緒に揺れていましょうよ。一緒にいることにさえ飽きたなら、その時がさようならに相応しいとき。だから、それまで、あと少しだけ。

遠くでサイレンが鳴っている
現実と幻の区別が下手になり
そのことを咎められてからは
誰の前でもほがらかな笑顔で
ちりん、ちりんと鳴きました
だって何もかも他人事だから

もう私の前にはまばゆいばかりの
優しい優しい世界しか広がらない
夕刻のキャスターが悲惨な事件を
深刻な顔で原稿どおり読み上げる
私は台所で長ネギを刻みながら
それを聞き流していたけれども
風鈴だけはしつこく鳴いていた

「続いては先日ニューオープン
行列必至スイーツのご紹介!」

ごめんなさい、正しくなれなくて
私、怖くてそこまで足並み揃えて
うまく落ちぶれられなかったのね
正しさに憧れようとしたけれども
心がひしゃげていくばかりだった

焼かれていたのは空ではなくて
それを見ていた私のほうだった
みんなは言うんだ、幻なんかと
一緒に暮らすのは間違っている
だから大人しくしているのですよ
口答えしなければ居場所くらいは
与えてやっても構わないんだって

私ね、そんなに居場所はいらないの
どこかの窓辺にぶら下げられて毎日
夕焼けを見送って夜風に揺られれば
それだけであとはなにもいらないの

たとえそれが正しくないとされても
他人事にまみれて風を感じないより
私にとっては心地よいことなのです

正しさに縛られない窓辺で
ちりんちりんと私がなけば
そこから世界は優しくなる
そんな妄想に浸れる日々が
とにかく私は幸せなのです