台風が近づいている日曜日。
私は気まぐれでクッキーを焼くことにした。
あなたはソファに身を沈めて、幻影と遊んでいる。いつものことだ。
焼きあがったクッキーを見て「ビスケット、おいしそう」と言うので、「クッキーだよ」と訂正するけど、「どう違うの」と聞かれてその違いが私にも明確にはわからない。
よくあることだ。
多くの人が憂鬱に捕らわれる日曜日の夕方、台風が近づいているのだから、いっそ電車が止まってしまえばいいのに。
クッキーを一つ食べると、あなたはコーヒーを一口飲んだ。
「甘味がちょうどいいね」
「ありがとう」
「このビスケット、ジャムつけるともっとおいしいかも」
「そうだね」
あなたがそういうのなら、これはビスケットなのだろう。
数個食べ終えると、あなたは再び幻影と遊びだす。
私は洗い物をはじめて、それから天井を仰いだ。
白い。
ほんのりと時間を刻む柱時計の秒針の音が静かに響いている。
二人が暮らす家。
二人が呼吸を続ける場所。
台所からリビングへ戻ると、あなたはソファの上で寝ていた。
旅に出たのだろう。
私はあなたの髪を一度だけなぜる。
外では風雨が強くなってきた。
明日からまた、お互いに仕事だ。
だから、今は、ゆっくりと存分に狂っていい。
呼吸をやめなければ、それでいい。
あなたがあなたならば、それでいい。
あなたの憂鬱に私を添えて、日曜日を一緒に乗り越えたい。
この小さな祈りは、果たしてあなたに届くだろうか。
問いかけはナンセンスで、あなたは寝言で「ランパトカナル」と呟き、それがあなたの穏やかな苦悩を肯定している。
そばにいるけど、どこにもいないのが、たぶん、あなたにとっての私なのだ。
「ここにいるよ」
そんな言葉すら、強まってきた風雨が屋根を叩く音に、消されてしまう。
それでもいい、それでもいいから。
どうか、夕飯までには帰ってきてほしい。
どうか。