私は、詩を詠んだりネットに作品を投稿していることを、彼氏には内緒にしている。気恥ずかしいというかなんというか……、これといったハッキリとした理由は自分でもよくわからないのだが、未だに告げられずにいる。
内緒ごとの一つや二つくらい、あったほうがきっといいのだ。そう自分を正当化して今日に至っているのだ。
ある日、彼の家でお互いがなんとなくスマホをいじっていた時のことである。
「歩美はさぁ」
画面から目を離さずに恭介が話しかけてきた。
「なにかこう、クリエイティブなことはしないの?」
「は?」
「ほら、ユーチューバーとか今、流行ってんじゃん。ペンパイナッポーアッポーペン」
……実に、実に恭介らしい。流行を気にしたり、芸能界のゴシップを好むところ。ペンパイナッポーなら私も知っている。というか、恭介に半ば強引にその動画を観せられた。
「アッポーペン〜ペンパイナッポー」
「恭介は私にあんな風に踊って欲しいのかい」
「別に」
この会話に、一切の深みはない。恭介に他意はないのだろう、すぐに話題は次に移る。
「日本シリーズ、土曜日からかー。どっちを応援しようかなぁ」
なんとなくだが、確信した。恭介に「詩を書いている」なんて言おうものなら、
「え、見せて見せて! うわー、やべー厨二病じゃねw」
ああ、リアクションが容易に浮かぶ。
こんな相手に自分のとっておきを喋ってたまるものか。
本当なら、例えば中原中也と小林秀雄の葛藤関係についてだとか、そういう高尚なことを分かち合いたいのに! なんでまた、こんな相手を選んだのだろうなぁ……。
「歩美、ほら」
恭介が私のよく知らない芸能人同士の破局のニュース画面を見せてきて、
「マジかよー、別れちまいやんの」
とニヤニヤする。ゲスい。なんというか、理想じゃない。私は腹に据えかねて、咳払いをした。
「あのさ、恭介」
「歩美、俺たちはずっと一緒だからな!」
ストレートを打とうとしてカウンターアッパーを喰らった気分だ。
「はい?」
「破局の『は』の字は、俺たちにとっては『ハッピー』の『は』だ!」
私は思わずふきだした。
「やだ恭介、なんか詩人くさい」
私の茶化しに、しかし恭介は真顔で、
「いや、なんつーか」
唐突に本棚から『薄い本』を取り出し、おずおずと私に見せた。
「いきなりでごめん。実は俺、こういう活動してて……」
『詩集 透明な感情に関する考察』秋野道草 著
って、えええええええっ!?
「いや、『痛い』とか思われるのが怖くて……でも歩美に隠し事をするのが嫌で……」
初めて見た、恭介がガチで恥ずかしがるところ。いや、告白された時以来か。
本をめくると、そこには道草さんの詠んだ詩が十篇ほど載っていた。
私のリアクションが怖いのだろう、恭介は急にしおらしく下を向いている。それをいいことに、私はちょっとした意地悪をするために薄い本を開いた。
「色とりどりの花の中に、しかし君はいない」
「読み上げるなよ‼︎」
うわー、本当に恥ずかしいんだ。やばい、めっちゃかわいい。私はすっかり嬉しくなってしまって、ズバリ質問した。
「影響を受けた詩人は?」
「……中原中也とか。……知ってる?」
まじすか。知っているどころの話ではない。私のバイブルだ。
「雪が降るとこのわたくしには、」
私が中原中也の「雪の賦」の出だしを言うと、恭介は惹かれるように、
「人生が、かなしくもうつくしいものに――憂愁にみちたものに、思えるのであった」
その続きを朗々とうたった。
それ以上の言葉はいらなかった。さっきまで芸能人のゴシップに食いついていた奴と同一人物とは思えない。恭介は照れくさそうに、しかしどこか誇らしげにこちらを見ると、問答無用に頬にキスをしてきた。
心地よい沈黙の後、おもむろに私は口を開いた。
「ハッピーの『は』ねぇ……破顔の『は』の方が綺麗じゃない?」
そう言うと、恭介は「なるほどー」と頷いた。
「なんか歩美も詩人っぽいよ」
そう言われて、私は破顔でカバンから『薄い本』を取り出した。