第十四話 操作ミス

笹塚駅からの帰り、彼と二人、列車に乗った。ガタゴトと揺れる車内を、彼と手を繋いでいた。バラの花束をもう片手に携えた私は、はたから見ればそれはもう幸せに映っただろう。

暗闇の中を走る列車の中で、彼が静かに口を開いた。
「17歳の誕生日に、生まれて初めて自覚的に、能動的に、人を傷つけたんだ」
「えっ」
「悲しかったけれど、許されるとは思ってないよ」
……何が、あったのだろう。気にはなったが、興味本位で首を突っ込んではいけない気がした。
「だから僕は、幸せになってはいけないのかもしれないけれど」
「そんな」
「それを、君が、邪魔したんだ」
「……」
それ以上は何もきかなかった。いや、きけなかった。

結局、家に帰ってからすぐにシャワーを浴びたものの、すっかり風邪を引いてしまったらしかった。
もらった花束を花瓶に挿して、バラの表情を確認する。彼女たちは屈託なく微笑んでいるようだった。改めて、羨ましい。心からそう思った。

疲れも相まって、その日の夜はこれでもかというくらい深い眠りに就いた。

朝になって、頭が石にぶつかったようにガンガンする痛みで目が覚めた。この悪寒は、熱があるに違いない。まいった、職場に連絡しなければ。とても仕事に行ける体調じゃない。

おぼつかない指先で、なんとか職場の番号を見つけ出して発信ボタンを押した、つもりだった。しかし、若干もうろうとした意識の中だったので、操作をミスり、発信履歴を押してしまっていたらしい。
「はい、もしもし」
電話に出たのは、なんと彼だった。私の動悸が一気に跳ね上がる。
「どうしたの、朝から」
「あ、いや、間違えちゃった」
「そうなの? なら切るけど」
「あ、いや、待って」
とっさに出てきた自分の言葉に、私は自分でも驚いた。
「熱がある、みたいなの。仕事、休まなきゃって思ってて」
「何度?」
「まだ測ってない。でも、頭が痛くて寒気がするんだ」
「とりあえず、病院に行きなよ。夜になればまた熱が上がるかもしれないね」
「そだね……」
「あのさ」
一呼吸置いてから、彼は言った。
「住所、教えて」
「えっ?」
「今夜、そっちに行くから」

第十五話 お掃除