彰さん、私と名前の響きが似ていますね。これもご縁と感じています。そんなことをここにしたためても、あなたへの想いが募るばかりでつらいのです。私は元気です。本当ですよ。
庭に植えたラナンキュラスが咲きました。あなたが教えてくれたボードレールの「悪の華」だって、何度読み返したことか。たくさんのページに手垢がついてしまいました。その数だけ、あなたを想えたと感じています。
会いたい。あなたはいくらなんでも愚かだったし、私はあまりにも幸運だった。幸運も過ぎればただの不幸です。過ぎたるは猶及ばざるが如し、の典型です。どうぞ笑ってください。
ただの駄文にあなたを載せるのは、彰さん、あなたがこれをいつか読んでくれると信じているからです。
どんな言葉でも伝えられない、言葉という概念が不似合いな、ああ、恋というのはこんなにも、私を強くしてしまったのです。
彰さん。彰さん。繰り返すだけでときめくことができるなんて、まるで魔法です。あなたは、私にとっては間違いなく魔法使いだった。私に、生涯消え得ぬ傷を与えたという意味においても。
詩人になりたかったあなたのために、私からこれを贈ります。どうぞ、受け取ってください。
Even if the wind blows, the tears will not disappear.
Life is limited, so it makes sense.
Thank you for loving me.
Thank you for loving the world.
If I exhale from the thin lungs, you will smile.
Sorrow is fruit. You can not get it even if you harvest it.
Pleasure is the wind. Because it is important to feel.
I am waiting, when you smile again.
1922年10月14日 中野秋子 拝
「祖母は結核に冒されていたんだ」
中野が口火を切って話し始めた。
「結核……って、当時の不治の病ですか、確か」
真弓にとっては歴史の教科書で習うことらしく、受験勉強の現代史で軽く触れた程度だった。中野は頷く。
「そう。かかったら、かなりの確率で死に至ったとされているね。祖母も重症化して、危篤にまでなったらしい」
「そうなんですか」
中野はチラッと彰を見てから、
「どうか、当時の医学を責めないでほしい。祖母は一旦、死亡宣告されたんだ」
「えっ!」
彰は目を閉じて中野の話を聞いている。中野は文字通り昔語りをする。
「それで、当時恋仲にあった彰は、その現実、結果として誤報だったけれど、それを受け止めきれずに、居間のちゃぶ台の上から、紐で首をくくって自殺した」
「………!」
真弓は、彰がいつも現れる場所が『そこ』だと直感で理解した。なおも中野は続ける。
「しかし、だ。奇跡的に祖母は回復した。いや、祖母にとっては回復『してしまった』と表現したほうが良かったかもしれない。意識を取り戻した時、愛した人はもうこの世にいなかったんだから」
真弓は、言葉を失った。
「その後、祖母は別の男性と結婚した。それが、僕の祖父。女性は親の決めた人と結婚する時代でもあったからね、恋人に死なれた祖母もまた、独身を貫くことはできなかったんだろう」
真弓は思わず、
「そんな、本当なんですか」
半ば呆然と彰に問いかけた。彰は、目を少しだけ開けて、
「……どうなんだろうね」
と答えるのみだ。
「でも、死んでも彰さんはここにいたんだし、秋子さんは会えたんじゃないんですか?」
「『旭町』と『暁町』のことは、覚えてる?」
今度はハルコが話し始めた。
「あ、ハイ。なんとなく」
「ここは朝焼けと夜明けを司る街。つまり幽霊が現れるのは、夜の間だけ。でも、明治生まれの秋子さんは、めっちゃ規則正しい生活を送ってた」
「え、まさか……」
真弓の『まさか』に、涼介は頷いた。
「そう。すれ違ってたんだよ、半世紀近くも。そばにいるのに、会えなかった。秋子さんが気まぐれでも起こして夜更かしでもしてくれれば、そしてこの古民家の二階に上がるようなことがあれば、会えたかもしれないのに」
「そんな……」
その話を聞いて、真弓は泣き出してしまった。
「そんなの、そんなの……。彰さんが、寂しすぎるじゃないですか。愛した人がすぐそばにいたのに、逢えないだなんて。秋子さんだってそう。すぐそばにいたのに気づかなかっただなんて、いくらなんでも」
当の彰は、顔を伏せて、しかししっかりとした口調で、こんなことを言った。
「……何か、誤解してないか?」
「え?」
「真弓の脳内では、自分とそっくりの女性が、か弱くめそめそしているのを想像しているだろう」
「へ? 何が違うんですか?」
「大幅な修正がある。秋子は、外見だけではなく中身も、お前に似てガサツでいい加減だった」
「な!?」
突然、そんなことを言われて、
「せっかく感動してたのに!」
憤りを隠さない真弓に対し、
「真弓。秋子のことをメンバー以外に話すのは初めてだ。これから先も、メンバー以外に話すつもりはない。俺が何を言いたいか、わかるよね?」
その言葉に、中野、ハルコ、涼介も、ニッコリと笑って真弓を見た。
第十八話 smile に続く