第二十三話 二番目

「真弓、伝えたいことって?」

彰のストレートな問いに、真弓はまっすぐ彼を見た。

「私、彰さんが好きです。好きなんです」
「………」
「好きにならせてくれて、ありがとうございます」
「……え?」

この告白は、真弓にとって今までの、一歩踏み出せない自分との決別、そして彰との別離を意味している。だからこそ、真弓は笑った。

「私、嫌だった。グズグズして、そのくせそれを誤魔化すために明るく振る舞って、『フツー』にしがみついて、ヘラヘラしてた自分が。でも、彰さん、あなたを私は好きになれた。それだけでもう、自分の中ですごい改革が起きたくらいのショックがあって」
「………」
「バイトに行くの、楽しみでした。あなたがいるから。あなたに、会えるから」

想いは、口から次々に溢れる。一度解き放てば、止まらなかった。

「でも、あなたはたくさん苦しんだ。今もきっとそう。そんなあなたを、これ以上そのまま放っておけるほど、私の想いは軽くない」
「真弓……」
「私は、ライブをみんなと必ず成功させます。あなたを成仏させてみせます。だから、……だから……」

ふわっと風が吹いたのかと思った。彰の腕が、真弓に伸ばされていたのだ。

「彰さん……」

ユデダコの色が霞むくらい、真っ赤な顔になる真弓。触れたいけれど、触れられない。彼は、どこまでも遠い存在で。そんなことはわかっていたけれど、それでも、ここに『居る』のだから、触れたくて。

叶わない想いが、こんなにも人を苦しませ、また成長させるとは知らなかった。

「真弓」

彰が静かに告げる。

「俺は秋子のことを想っている。それは、この先も変わらない」
「はい」
「だが……」

包み込むような格好で、彰は真弓に寄り添った。

「二番目、でもいいか」
「……へ?」

彰は真弓をじっと見つめた。

「俺の中で、揺るぎない二番目でも、いいか」
「……!」

真弓は、夢中になって、首をぶんぶんと縦に振った。彰は「ただし、」と前置きしてから、

「真弓の中でも、俺を二番目にしておいてほしい。真弓、君には未来があるからだ」
「彰さん……」

「その代わり、二番目の思い出として、俺を、刻み込んでほしい」

真弓の両目から、涙が溢れる。

「はい……」

想いを伝える、その一歩の大切さを真弓は痛感した。そしてその痛みが、苦悩が、人を育てる糧となることも。


「でも、地縛霊の彰をどうやってライブハウスに連れて行くか、だな」

中野の言葉に、涼介はニヤリと笑った。

「こういう時のために、Ustreamってのがあるでしょ。文明の利器!」
「あ、なるほど」

そこにハルコも参戦する。

「この前買ってあげたヘッドフォンの出番だね!」

なぜかしら、book markerのメンバーの顔は晴れやかだった。そう、別れの予感など微塵も感じさせないほどに。

「真弓ちゃん、これでゲネ前最後の練習だけど、悔いはない?」

中野の問いに、真弓はこう答えた。

「いえ。悔いって、残るものだと思います」

真弓は、まっすぐ彰の方を見た。

「だからこそ、出会える縁もあると思うんです」

その表情は、どこか幸せそうですらあった。そう、前を向けた自分のことが、真弓は誇らしかったのだ。

「なるほどねー」

ハルコがピックで弦を弾きながら、

「縁、か。ほんとそうだね。何もかも、『ご縁』ってやつかもね」

そんなことを言うものだから、涼介もうんうん、と頷いた。

「真弓ちゃんが来てくれたのも、縁だねぇ」

中野はしみじみと、

「この世にはそっくりさんが三人いるって言うけど、秋子さんと真弓ちゃんが瓜二つなのも、その真弓ちゃんがこの街に来てくれたのも、『縁』かもね」

そう言って笑った。

真弓は照れながら頬をかき、「ありがとう、ございます」と、こうべを垂れた。


そして、ライブ当日はあっという間にやってきた。

「じゃあ、行ってくるね♪」

ハルコが軽やかに『アリスの栞』を飛び出す。

「よっしゃ、リョウスケ、行きまーす!」
「彰、『留守を頼むぞ』」

中野のその言葉は、いつもより意味深長だ。

「彰さん、しっかり観ててくださいね」

真弓は、凛とした表情でそう言った。

ヘッドフォン姿の彰は、神妙な面持ちで頷き、手を振った。彼は去っていくメンバーの姿を、彰は見えなくなるまで見届けた。

最終話 心の栞 に続く