第二十話 花火

夏の終わりに、バンドメンバーで花火をしようという話になった。いい年をしたおじさん二人と成人済みの美容師が、現役女子大生よりはしゃいでいる。「打ち上げは最近、規制が厳しくてね。でも、これならいいでしょ。ホラ!」涼介が自慢げに見せてきたのは、ねずみ花火だ。

「ぎゃー、あたしコレ怖い!」

ハルコが怯えたそぶりをすると、涼介は「ほれほれ~」と火のついていないねずみ花火をもってハルコを追いかけまわした。

「ぎゃーやめれー」
「ほれほれほれ~」

その様子を楽しそうに見ていた中野だったが、ふと真弓を見た。

「花火ってさ、不思議だよね」

バケツの準備をしていた真弓は「へ?」と顔を上げた。

「熱くて、華やかで、美しくて。なのに儚くて、冷たくて」
「なんかマスター、詩人っぽいですね」
「そう? 彰には敵わんけどね」

当の彰といえば、花火には珍しく興味を持ったらしく、ずっと中野の隣でふよふよと浮いている。

「なぁ、彰。花火っていいよね」
「俺ならこう表現するな。『二度と繰り返さない一瞬を、夜空に咲かせるひとときの命』」
「おぉー」

中野と真弓はぱちぱちと拍手を送る。それに本気で照れたのか、彰は「……別に、なんとなく、だよ」とツンとした表情を浮かべた。

「相変わらずだねぇ」

中野はそう呟いた。

「きゃー! 綺麗!」

ハルコと真弓は手持ち花火に点火して、きらめくその光をぶんぶん振ったりゆらゆら揺らしたりしている。涼介は少しサイズの大きい花火に火をつけて、えいやとハルコに向けた。

「あっつ!! 危なっ!!」
「逃げるな逃げるな。ハルコの炙り焼き~」
「ふざけんなぁ!」

涼介はにやりと笑った。

「とどめはこちら~」

ねずみ花火に火をつけた。瞬間から激しく回転する花火が、その場で暴れだす。

「うぎゃあ!」

ハルコはもう恐怖といった表情で、真弓に飛びついた。真弓はまだ火のついた花火を持っていたのだ。

「危ないですよ、ハルコさん!」
「だって~、だって!」

爆笑する涼介。中野は「こらこら」と間に入って、

「『ルールを守って楽しく遊びましょう』、パッケージにそう書いてあるでしょ」

と言うが、涼介はいたずら少年のような表情を浮かべる。

「ルールは破るためにあるっ」

その言葉にはハルコもあきれた。

「高校生か!」
「校則じゃないんだから……」

真弓もハルコに続く。

「お、真弓ちゃんまで! じゃあ真弓ちゃんにもプレゼント~」

調子に乗ってねずみ花火、2匹目投入。

「きゃあ!」

真弓も悲鳴を上げて笑いながら走り回った。

―――楽しかった。すべての瞬間が、きらきら輝いて見えた。まるで二度と同じ瞬間のない、花火そのもののようだった。

彰は皆の様子を、腕組みして口を結んで見守っているような姿勢を取っていたが、ふいに中野が話しかけてきた。

「いいね、こういうの」
「………」
「楽しいじゃない、真弓ちゃんが来てくれたおかげで」
「……そうだね」
「ねぇ、彰。そろそろ、どうなの」
「何が」
「奇遇だけど、次のライブの日がちょうど、秋子さんの命日だ。おあつらえ向き過ぎる気もしなくはないが、決心したらどうだい」
「………」

真弓、ハルコ、涼介は騒ぎを一段落させて、線香花火に火をつけていた。

「うおっ、微妙なバランス加減ですね」
「手が震える~プルプルする~」
「おっしゃ、火玉完成!」

めいめいに好きなことを言って楽しんでいるようだ。

そんな三人の前に彰がふわりと現れ、神妙な面持ちで、

「それ、綺麗だな」

意外すぎることを言うものだから、ハルコと涼介は一瞬ポカンと、そして真弓は耳の端まで真っ赤になった。

「あ、ハイ。線香花火って好きです。一本の中に物語があるみたいで」

真弓はしどろもどろになって答える。

「そうか」

彰はそう短く返事すると、真弓の方をまっすぐ見て、それからハルコと涼介を見て、深呼吸のようなしぐさをしてから、こう言った。

「急だけども」
「ん?」

涼介は顔を上げた。

「もし、次のWWMフリークスのライブが成功したら、みんなには独り立ちしてもらう」
「え?」

ハルコが首をかしげる。

「どういう意味さ」

涼介もそれに続く。彰はどこか突き放すような口調である。

「今後作詞は、自分たちでやってほしいということだ」
「え、それって、もしかして」

いち早く事態に気づいたのは、ハルコだった。彰は一回だけ頷き、こう言い切った。

「君たちの演奏で、俺を、成仏させてくれ」

第二十一話 決意と願い に続く