天国三丁目

夏が逝ったとの一報に、川辺のススキどもは痙攣して笑っていました。私はその光景を茫然と眺めました。いつかの帰り道の出来事です。

それから間もなく、立ち尽くす場所を求めて私は記憶を捨てるために湖に出かけました。

枯葉と一緒に、水面に蝶が浮かんでいました。拍手喝采の直後のことです。私は必要に迫られて呟きます。

「旋律を戦慄と違えていたの。だから音楽が怖かった。」

浮いていたのは黒蝶のようでした。なぜか半分に折りたたまれていました。寂しくなるのにこれ以上の理由は要らなかったようです。

(――寂しいから秋なのではなく、ましてや秋だから寂しいのではなく。)

足元でりりりりと喚き倒す鈴虫どもを潰せば、指先に秋の香りがします。私は鼻をスンと鳴らして、それをゆっくりと味わいます。

「いつか誰かになれると高をくくっていた。だから私には何もないの。」

喪失完遂、不可逆、可及的速やかな後悔。ゆえに、秋とはどこまでも寂しいのです。

それでも擦過傷です、なにもかも。私に引導を渡した女神の煌びやかなネイルさえ。

私は口笛であなたの大嫌いなムーンリバーを吹きます。

(浮遊なんて……識りたくもない。)

気のせいです、あなたの悲劇は昼下がりに見たバオバブの幻影でしょう。

「陽炎を蜻蛉と違えていたの? 哀れなひと」

目の前をよぎったのは誰の影でしょうか。(たぶんあなた。その足音がリフレインして寂しさを助長する。)

君は夢を見続けるんですね
孤独に逃げるのですね
あぁ其処は天国三丁目

秋の所為にしてそろそろ眠りましょう。

明日の予報は午後から雨。
私が地球を抱きしめたら、あなたの強がりは崩壊するでしょう。

遠くで

寂しい。

望み叶って立ち尽くしていると、胸の奥からりりりりと鳴き声がしました。

どうやらあなたの遺言のようでした。(ススキどもは、やはりカサカサと笑っていました。)

耳を澄ませてみれば、それは擦過傷として私に痛みを与えます。ああ、私は確かに生きている。痛みだけがもはや、私にとってのほんとうなのです。

湖に乱反射するひかりを集めて、縒り合わせた鈴虫で留めたなら、寂しさのできあがり。痛む場所によく似合うでしょう。

(もしこの拍手がやんだなら)孤独どうし、天国三丁目で待ち合わせましょう。真っ二つの黒蝶のことを、どうか忘れないで持ってきてくださいね。

カットアウトする希望、フェードアウトする笑顔、ほんとうのことというのは、いつだって寂しいのです。