私はこのどうしようもないナルシシストを慰めた。楕円形に何度も額を撫でて、「あなたは悪くない」と。
彼は満足そうに足を組み直すと紅茶のおかわりをせがんだ。私はなんとか眠い目をこする。十六夜だから仕方ないのだ。
彼はレモンスライスを口に含んでその酸味をじっくりとねぶる。それから頭に入っているというマニュアル通りに口角をつり上げる。
私がそれを「不愉快だ」と呟くと、彼は「僕にとって君を糾弾することは暇つぶしにもならない」と言い放った。
絆されたのは今流行りの「自己責任」ってやつなんだろう。
彼は気ままに泣いたり、笑ったりして、涙をよくこぼす。それを素手で拭えと私に迫る彼の顔面右半分が、ちょうど枯れかけのスパティフィラムの葉に隠れた。
私は彼を拒絶しようとするのだが(絆された私が悪いのか)取扱説明書も奪われた今となっては、もう手遅れのようで。
彼の一挙手一投足はブラックホールのように無限に膨れあがる重力の如く、圧倒的な憂いを伴っており、私は視線を逸らすことすら叶わない。
(だって、月だって欠けてゆくから)
彼がようやく眠りについてから、隠れて彼の吐き出したレモンを舐めてみた。
鍵盤の壊れたピアノの音階と、いやに生温い10月初めの秋風を思い出した。