神は細部に宿るといわれる。だとしたら、今朝発見してしまった枝毛にも、神は存在しているのだろうか。
帰宅して、スーパーで買った握り寿司を適当につまみ、そのまま惰性でシャワーを浴びる。ろくに磨いていない鏡に、ろくにケアしていない体が映った。
ああ、疲れてる。
肩から胸元を撫でると、ボディソープの泡がふくふくと弾けた。シャンプーを流して顔を上げると、若さを失いつつある相貌が視認されて、思わずため息をついた。
タオルで髪をさっと拭いて、改めて鏡を覗き込む。小さい頃からあった右肩のほくろが、歳を重ねるにつれ大きくなって、存在感を増している。それに触れると、昔からなぜか気持ちが緩んだ。
途端に、ぼろっと涙がこぼれてきた。認めたくない。けれど、今日、間違いなく、厳然たる事実として私はフラれた。フラれたのだ。涙はあとからあとから流れてきて、せっかく洗った顔を濡らした。
「っ……うー……ッ」
鏡に、情けなく涙を流する。見たくない。こんな私を、誰にも——私自身にさえ——見られたくない。
「見ないでよっ」
ほとんど衝動的に、私は独り言を発していた。すると、鏡の向こうの私が
「大丈夫」
と返してきた。
——え?
「泣かないでとは言わない。でも、あなたが悲しいとき、私もちゃんと悲しくなる。あなたが望まなくても、あなたはいつだって一人じゃないんだよ」
鏡の中で、私が私に向かってしゃべっている。
「私は、あなたの右肩にすんでいる。あなたがこの世に生を受けた瞬間から、ずっとあなたと一緒に過ごしてきた。あなたはずっと一生懸命に生きている。そのことを誰よりも、私が知っているんだよ」
私は戸惑いと混乱から、思わず鏡に触れた。すると鏡の向こうの私も同じ動作をする。……鏡だから、当たり前なんだけれど。鏡に映った私は、私をなだめるようになおも言葉を続けた。
「悲しいね。悔しいね。その感情をどうか、私に分けてくれないかな」
「あなたは、一体……?」
「聞いたことない? 『神は細部に宿る』って」
「え……!」
――本当に大好きな彼だった。過去形にするのが難しいくらい、心の底から好きな人だった。きっと結ばれると信じていた。なのに――
「うわああああぁぁぁん」
私が声をあげて泣くと、鏡の向こうの私も、わんわん泣いた。ああ、つらいとき、ずっとこうして一緒にいてくれたんだね。今まで気づかなくて、ごめんなさい。
それから、ありがとう。