あれから、何事もなかったかのように、ペンションでの時間は流れた。肝試しから帰ってきた一同は、好き勝手に部屋でどんちゃん騒ぎをし、その輪の中に美恵もいた。若干、自棄になっているようにも見えたが、そっとしておくことにした。
「なんだかなぁ」
UNOで盛り上がるみんなを横目に、私は呟いた。
「智恵美」
桐崎くんが私を呼んだ。やはり騒ぎの中には入らず、タブレットをいじっている。
「ここら辺、『色々と』埋まっているみたいだよ」
「へ?」
「ちょっと、地質の研究に行ってくる」
桐崎くんがすっくと立ち上がったので、私はビックリした。
「え、もう日付変わるよ?」
「今日は十六夜でしょ。だから」
「……」
少し考えてから、「私も行く」私がそう言うと、桐崎くんは小さく頷いた。
夏独特のむんとした空気。私は肺の奥までそれを吸い込んだ。
見上げれば、圧倒されるほどの星々。地元ではなかなか見られない。
「すごいね。綺麗だね」
「うん。空はいつだって綺麗だよ。人間が気づかないだけで」
「そっか。そうかもね」
二人で湖畔を歩く。どちらからともなく、手を繋いだ。湖面の静けさが少し不気味で、だから私はわざと足音を立てるように歩いた。
小石が蹴飛ばされて、はずみで近くの看板に当たった。その看板には、
『独りで悩まないで あなたがいなくなったら 私たちは悲しい 自殺を考える前に下記へ電話を』
と書かれている。
「……名所らしい」
ポツリと、桐崎くんが言う。続けて、
「自殺は良くないよね」
などと言うものだから、私は応答に窮した。
パタポタと湖面の鳴く音がする。水鳥が首を突っ込んだらしい。
夜空には満天の星。人々を嘲るように、あるいは憐れむように、あまりに美しく輝きを放っている。
「智恵美は、どう思う?」
不意に、桐崎くんは私に問うてきた。
「今、見えている星の光は、何光年も前のものだ。すでに滅んだ星の光を見て、『美しい』と感じることを、誰が断罪するだろう」
「そんな人、いないよ」
「でしょう。だから、それと同じなんだよ」
「何が?」
「大橋夏菜子は無事に地球に還った」
その名前を出されて、私はギクリとした。
「この前見に行ったら、ツユクサが花を咲かせてたよ。新しい命が巡ったんだね。とても綺麗だった」
大学裏の森林公園の丘のふもと。私の友達はそこから、土になってしまった。
……私は押し黙ってしまった。
それからしばらく、二人とも何も言わなかった。
ペンションからちょうど対面の湖畔に辿り着いた時、急に、桐崎くんが歩を止めた。そして前を向いたまま、こう呟いた。
「……つけられてる」
「えっ」
驚く私の肩にそっと手を添えて、
「大丈夫」
桐崎くんは大きめの声で言った。
「何か、ご用ですか? 藤城先輩」
そう、私たちの後ろを、藤城先輩がつけていたのだ。
「……やぁ」
私は瞠目した。藤城先輩の手には、先刻、塊肉を桐崎くんが切り分けていたナイフが握られていたのだ。