Case11.提案

葉山と来たのは、落ち着いた佇まいの素敵なレストラン、ではなく、よくある街中の中華屋だった。それでも葉山に誘ってもらえたことが嬉しくて、香織は浮足立っていた。

青椒肉絲とビールを頼み、ジョッキで「お疲れ様」と乾杯する。

「どういう風の吹き回しですか」

単刀直入に香織は問うた。

「葉山さんがご飯にさそってくれるなんて、嬉しいです」

葉山はジョッキをテーブルに置いて、ため息をついた。

「職場じゃ、話しづらくて」
「はい」
「古城はるかのことなんだけど」

はるかの名前を出されて、香織の表情は一気に硬くなった。それには気づかず葉山は続ける。

「はるかちゃんが、どうかしましたか」
「俺ね、あの子のことが気になっているんだ」
「そうですか……」

若宮は青椒肉絲の肉片を箸でつまみあげて口に含んだ。葉山はビールを一口飲んで、まるで罪の告白でもするかのような口調で続ける。

「あの子を見ると、変な動悸がする。苦しくなる。あの子が笑うと、自分が自分でいられなくなる気さえする。俺は、どうしたらいいんだろう」
「好きなら、そう伝えればいいんじゃないですか」
「そういうんじゃないんだ。つまり、何ていえばいいだろう。俺が求めるのは、生きているあの子ではない」

香織はカッとなって、ジョッキを一気飲みした。葉山はすっかり険しい顔になっている。

「あの子が、たとえば姉のような目に遭うとする。血の海に横たわるあの子を想像するだけで、情けない話だけど、とてもたまらない気持ちになるんだ」
「それは、いわゆる性癖ってやつですか」
「自分ではどうしようもできないんだ。こんなこと、若宮さんにしか話せない。きっと軽蔑されるとは思うけど——」
「そんなことないです。最近氾濫してるじゃないですか、『ありのままのあなたでいい』って文言」
「それはそうだけど」
「じゃあ、お手伝いしましょうか」
「えっ」

若宮は、鋭い視線を葉山に向けた。

「私は葉山さんの苦しむ姿を見たくない。でも、自分の気持ちも無視できない。葉山さんは相談相手に私を選んでくれた。だから、提案です」
「提案?」
「葉山さん。私と、対決してください」
「えっ?」
「それでもし私に勝ったら、はるかちゃんを手にかけてください。それはもう、お好きなように」

葉山の中で、卑しい感情がどくんと疼く。

ああこれだ、これに抗いたくて俺は、恥を忍んで若宮さんに相談までしたのに、これではまるで、逆効果だ。

——しかし、それも悪くない気がしてしまう。

葉山は、ごくんと唾を飲み込んだ。


はるかからの一報を受けた浩輔は、ひとまずはるかと落ち合うことにした。まだ夏の名残がある季節とはいえ、夜になれば肌寒さを感じるほどだ。寝巻き姿では寒いだろう。るいは風邪をひいてしまうかもしれない。

だが、それだけで済めばまだいい。まるで無防備なるいが、無事でいられる保証はどこにもないのだ。

待ち合わせ場所を『はなとゆき』にした。夜遅くまで開いているこの喫茶店は、本当にありがたい。事情を知ってか知らずか、白峰は「サービス」と言って浩輔にホットココアを差し出した。

「甘いもん入れときなさい」

浩輔が礼を述べてココアをすする。白峰は、こう付け加えた。

「『選択』の時は近いかもしれないわね」
「えっ」
「忘れてないわよね? 『心のままに』よ」
「ああ……」

時計の長針が半周した頃、真っ青な顔ではるかが現れた。来るや否や、「ごめんなさい」と頭を下げるはるかに、浩輔は「とりあえず、何か頼もう」と声をかけた。はるかは小さく頷いて、レモンスカッシュを注文した。

目の前に置かれたレモンスカッシュの泡がはじけて消えていくのを、はるかはただじっと見つめていた。浩輔は「るいさんの、心当たりは」と言った。はるかは力なく首を横に振った。

「わかりません。姉は、姉じゃないから」
「どういう意味?」
「姉は、秋川さんのことを知っている様子でした」
「記憶が戻ったの?」
「いえ。姉は、秋川さんに『名前をつけてもらう』と言っていました」

浩輔に驚きと衝撃が走る。

まさか。
なんで。

「白峰さん。この辺で一番星がよく見える場所は?」

白峰はすぐに答えた。

「南なかよし公園じゃないかしら」

駆け出していく浩輔とはるかを見送ると、白峰は静かに祈るように手を組んだ。

――星々よ。どうか、あの子たちを守ってあげて。

Case12.再開