葉山と香織は、はたからみればカップルのように見えるかもしれない。香織がリードして、傘を並べて夜の散歩を楽しんでいるような。しかし、今から彼らが行おうとしていることは、およそデートからは程遠い。
人目につかない場所を選ぶ必要があった。香織が提起して葉山が承諾したのは、街はずれにある『南なかよし公園』だった。徐々に雨足は弱まり、公園に着く頃にはやんでいた。
街灯に照らされたベンチに、人影があった。傘を持っておらず、乱れた髪が濡れそぼっている。うつむいたまま、ほとんど身動きしない。葉山と香織が近づいても、その女性は気づいていない様子だった。
「どうしました」
葉山が声をかけると、女性はゆっくり顔を上げた。葉山はハッとした。
「るいさん……?」
るいは葉山をつぶらな瞳で見た。それはまるで、夜空に煌めく星のようであった。
「お姉ちゃん!」
そこへ、はるかと浩輔が駆けつけてきた。はるかは肩で息をしている。呼びかけられて振り向いたるいは、浩輔の姿を目にすると、目を大きく見開いた。
「浩輔……」
るいの言葉を聞き、表情を見た浩輔は愕然とした。今目の前にいるのは、古城るいではない。
「浩輔でしょう」
彼女は緩慢な動きでベンチから立ち上がると、一歩一歩を踏み締めるようにして浩輔に近づいた。浩輔はひと言、「きみなのか……?」と問いかけるのが精一杯だった。
一方、はるかが突然現れて、心穏やかでないのが葉山である。
「どうして、ここに」
「姉を探しにきました」
空は雨雲が去って、半月が煌々と姿を現した。見上げるまでもなく、星々の輝きが、その場にいるすべての者の視界に入ってきた。風はなぎ、静謐に冷えた空気が漂っている。
しばしの沈黙を破ったのは香織だった。
「るいさん、風邪ひいちゃうよ。病院に戻らなきゃ」
「いえ」
香織の言葉を拒否したのは、はるかだった。
「きっと、姉は……この人は、星を見たいんだと思うんです」
「『この人』?」
奇跡は必然のうち。にわかには信じがたいことではあったが、確かにそれは「既に起こっている」。るいと呼ばれる女性は、ためらうことなく浩輔の胸に飛び込んだ。
「浩輔、やっと逢えた。ようやく私、思い出したの」
浩輔は、そんな彼女を抱きしめ返すことしかできなかった。
「きみなんだね」
「ええ。私よ」
はるかはその光景に、胸を引き裂かれる気持ちだった。
「さあ、私に名前をつけて」
「もうずっと前から決めてたんだ」
「ありがとう」
それは、ずっと前から寄り添ってきた二人のようで、香織も言葉を失った。はるかは、かすかに肩を震わせていたが、泣くことはしなかった。
「名前をつけてくれたら、私、浩輔だけの星としてずっと見守ることができる」
「でも、名前なんてなくたって、こうして一緒にいられるなら」
「それはできない。いつまでも人は、夢を見続けることはできないから」
浩輔の腕の中で、女性は微笑んだ。
「さあ、名前を」
「……うん……」
浩輔が躊躇していると、冷たく鋭い視線を背中に感じた。はるかが真っ青な顔で後ずさりしている。浩輔がハッとして振り返ると、葉山がこちらに銃口を向けていた。
「麗しい再会のところ悪いが、俺も我慢の限界みたいだ。古城はるか。きみの『美しい姿』を俺に見せてくれ」
「葉山さん」
香織が葉山を制止しようと、はるかの前に立ち塞がる。
「順番は守ってください。はるかちゃんに手を出すのは、私を倒してからです」
そう言って、いつも使っている通勤カバンから香織は拳銃を取り出して、葉山に向けて構えた。