Case13.歌声

「そんな玩具で俺を脅すつもりかい」
「玩具に見えますか」
「事務員の若宮さんには拳銃の携帯はできないはずだ」
「かもしれないですね。葉山さんこそ大丈夫ですか? 使用許可も出ていないのに」

刑事はいつも拳銃を携帯しているわけではなく、事件発生により署内の拳銃庫から取り出し、管理者が拳銃番号と刑事の番号を照らし合わせ、一人ずつ拳銃を渡す。こうした厳重な管理のもとでしか扱えないのだ。つまり、なんらかの不正な手段で葉山は今、拳銃を構えていることになる。そのことを指摘されて、葉山は苦虫を噛み潰したような表情をした。

「こっちは遊びじゃないんだ」
「私もです」
「それ以上ふざけるなら、容赦はしない」
「上等です」

香織は両手で拳銃を構え直した。

「はるかちゃんには手を出させません。葉山さん、あなたを犯罪者にもさせません。若宮香織の名にかけて」

そう宣言して香織は一歩、葉山ににじり寄った。怯えきったはるかが「香織さん、葉山さん、やめてください」と声を絞り出すが、二人は対峙をやめない。

重苦しい沈黙が続く。そんな人々の姿を、夜空の星々はどう見ているのだろう。今この瞬間も、宇宙では星が生まれては果てていっている。そのことに思いを馳せられる人間が、いったいどれほどいるだろうか。

それは突然でもあり、ようやく訪れたときでもあった。小さな、しかし凛とした声で、浩輔の腕のなかの女性は歌を歌い出したのだ。誰もが幼いころ、安らぎの中で聞いたような子守唄を。

「……やめろ」

獣のように目を剥いて、葉山はうめいた。浩輔は彼女を庇うようにして葉山に背を向け、葉山に言葉を投げかける。

「お前は今、苦しむか、苦しむことを手放すかの瀬戸際にいる」
「なに……?」
「その引き金を引いた瞬間に、葉山、お前は永遠に己に負け続けることになるんだ」

その儚げな歌声は、確かにかつて浩輔が愛したひとのものであった。葉山は力なく腕を下ろすと、苦しげに呼吸しはじめた。

「ちくしょう……俺は、どうすればいいんだ」

誰しもが赤子のころ、誰かの手にいだかれてきた。歌声が想起させるのは、葉山にとっての、過ぎ去ったはずの優しい記憶。あまりにもあたたかな、安穏の日々のぬくもり。

――俺は、苦しい。今だってもう苦しいんだよ。自分らしくいることなんて、それこそ罰のようで。俺は、どうすればいい。どうすればいいんだ。

「誰か、教えてくれよ……」

すると、そんな葉山にとどめを刺すように、歌声はいっそう澄んで夜の公園に響いたものだから、たまらずに、葉山はうめいた。

「誰か!」

彼女が歌い終えると、浩輔は葉山にゆっくりと歩み寄った。そしてなんの躊躇もなく、彼女にそうするように、長い腕で葉山を抱きしめた。葉山は思わず「えっ」と戸惑いの声をあげる。浩輔は、そんな葉山にこう告げた。

「考えろ。苦しめ。そして死ぬまで生きろ」
「なにを……」
「簡単に答えに逃げるな。結論に甘えるな。お前がどう生きたらいいのかは、お前にしかわからないことなんだから」
「だが俺は……醜い」
「勘違いするな。みんな大して変わらない。人間は地を這ってでしか生きられない。つちにへばりついて、無様でも、生きることしかできない。その代わり、その命が果てたあと、そらに輝く星になるんだ。例外なく、お前も」

力強い浩輔の言葉に葉山は力を失って、浩輔の腕の中に崩れ落ちた。浩輔はもう一度、葉山を抱きしめる。

「ただし、一人で苦しむな。苦しむときには、そばに誰かがいるべきなんだ」
「う……」
「お前は大丈夫だ。ちゃんと苦しめる強さを持っているから」

やがて泣き出した葉山を、夜空の星々は静かに見守っていた。

Last Case.ひととほし