Case3.髪

るいの病室を出たはるかに声をかけてきたのは、娘を連れた隆史だった。

「はるかちゃん」
「西条さん。どうしてここに」
「お見舞い」

そう言って、テラエシエルと同じアーケードに入っているケーキ屋の箱を見せた。

「シュークリーム、好きだったよね?」

デイルームという面会可能な場所でペットボトルの紅茶を3本買った隆史は、ミルクティーをはるかに渡した。隆史の娘、4歳の莉々りりは元気よくはるかにあいさつすると、外がよく見渡せる窓辺に移動した。

「るいちゃんの容態は?」
「変わりません。なかなか起きてくれないんです」
「そっか」
「あの、お店はいいんですか?」
「ああ、予約が入っていなかったから、浩輔に任せてる」
「そうですか」

隆史は、伏し目がちになるはるかの表情を見逃さなかった。

「はるかちゃん。つらいと思うけど、たまには気晴らしも大切だよ」
「そうかもしれません」
「お代はいいから、うちに来てその髪、ケアしてあげない?」
「えっ」
「浩輔にやってもらおう」

名前を出されて、はるかは思わず赤面した。


胸元まで伸びたはるかの黒髪を、大切なものに触れるように浩輔は丁寧に扱った。席に座ったはるかはずっとどきどきして、そんな自分が少し嫌になった。姉は懸命に闘っているのに、私だけ秋川さんに施術してもらっているなんて、と。

しかし浩輔に髪をトリートメントしてもらうと、不思議とこころがほぐれていった。ずっと張りつめていた気持ちが、するすると氷解していくようだった。気がついた時には、はるかはほろほろと涙をこぼしていた。浩輔は粛々と施術を進める。

「ごめんなさい、私」
「いえ、謝ることじゃないから」

自分の髪が生まれ変わったかのように艶やかになったのを見て、はるかは思わず鏡に前のめりになった。

「いいじゃない、はるかちゃん。素敵だよ」

隆史に言われて、はるかはほっと笑顔を浮かべた。

「あー、やっと笑ったね」
「えっ」
「浩輔。やっぱりお前に任せてよかった」

そう言われて、浩輔はこくりと頷いた。


捜査は一向に進展がなかった。なにより、目撃者がいないことが大きかった。凶器に使用された刃物は、美容師が使うオフセットハンドルのシザーだった。だからすぐに、るいの行きつけだった美容室「テラエシエル」の西条と秋川を疑ったが、二人ともアリバイがあったのだ。

西条は帰宅して家族と一緒だった。妻だけではなく幼い娘からも証言されたので間違いないだろう。秋川という物静かな男のほうは、「はなとゆき」という喫茶店の店主からウラが取れている。

どうでもいいが、返す返すも無愛想な店主だった。とても常連になる気がしない。

「お疲れ様です」

デスクにホットのルイボスティーがマグカップに入れられて置かれる。香織が、葉山を覗きこむようにして首をちょこっと傾げた。

「根詰めすぎないでくださいね。寝不足はあらゆる失敗のもとですから」
「ありがとう」
「捜査、つんでませんか」

率直に言われて、葉山は苦笑した。取り繕っても仕方がない。

「まあ、そこそこつんでる」

被害者が意識を取り戻してくれさえすれば、解決まで一足飛びに向かうだろうが、古城るいはなかなか目を覚さない。今は個室に移り、24時間体制で治療を受けている。

「それ、なんですか?」

葉山の手元を指して、香織は言った。なんらかの資料と思しき写真が、葉山のデスクに散らばっている。

「現場検証の写真」
「ふーん」
「素人が見て、気分のいいものじゃない」
「そうですか」

マグカップの載っていたトレイを持ったまま、香織はその場でくるりと一回転した。

「じゃあ、玄人が見ると気分のいいものなんですか」
「え」
「冗談ですよ。でも、本気です」
「どういう意味?」
「楽しいですか、それとも苦しいですか」

香織の瞳の奥が、意地悪くきらりと光る。葉山は首を横に振って、それからはダンマリを決め込んでしまった。

Case4.予言