はるかを元気づけようと香織が提案したのは、ショッピングだった。女子二人ではしゃぐのも悪くないが、より買い物をエンジョイするため、との名目で葉山も同行してもらうことになった。
つまり、下手に隠れられるより目の前にいてもらったほうが、葉山もはるかに手を出せまい、というのが香織の目論見である。
「荷物持ちが現役の刑事さんだなんて、なんだか申し訳ないです」
そう言いつつもすっかり買い物を楽しんでいる様子のはるかに、香織は胸を撫でおろした。
「いいのいいの。葉山さんも楽しんでるから。ですよね?」
「うーん」
香織ははるかによく似合うと言って、フリルのついた秋物の新作ワンピースを買ってあげた。恐縮しきりのはるかに、香織は「かわいい子にはおしゃれをさせよ、ってね」と笑った。
ランチのために入ったカフェテリアで、コーヒーにたっぷり砂糖とミルクを入れる葉山を見たはるかが、「葉山さん、ブラックで飲まないんですね。イメージと違う。っていうか、それじゃはじめからカフェラテ頼めばいいのに」ところころ笑った。
思わず、葉山の手が止まる。この子は今、自分のために笑ってくれているのだ、と。……いつか、その笑顔を壊してみたい、と。
しかし、それを看過しないのが香織である。
「葉山さんは、サーモンのガレットでしたっけ」
「あ、うん」
――はるかちゃんを、手にかけさせはしないからね。
この日、テラエシエルには一人の常連客が訪れていた。カットと白髪染めとメニューは決まっている。彼女が指名するのはいつも浩輔だ。
「あなたに切ってもらうようになってから、他所で切れなくなっちゃったわ」
そこまで言われて、嬉しくないわけがない。だが、浩輔の反応は至って冷静だ。そこがまた、この常連客の好感となっていた。
「先日は、ありがとうございました」
浩輔はハサミを動かしながら言う。
「『はなとゆき』が開いててよかったです。ひどい雨だったから」
「ああ、この前ね。浩輔くん、ずぶ濡れだったものね」
「俺、傘をささないので」
「でしょうね」
浩輔がブローまで済ませると、その常連客は満足げに微笑んだ。それから会計を終えると、改めて浩輔に向かって声をかけた。
「浩輔くん。あなた近いうちに大切な選択をしなきゃならないかもしれない。もし迷ったら、心のままに決めるといいわよ」
「はい?」
「今日の仕上がり、とっても素敵だから、そのお礼」
そこへ予約確認のメールをパソコンで送信していた隆史が、「おいおい、白峰さん」と割り込んできた。
「占い師だったって、昔の話じゃなかったのか。どっちでもいいけど、浩輔はそういうの、真に受けちまうから、勘弁してくださいよ」
「あら、素直なのはいいことよ」
「傘をささないのも、白峰さんのせいだからなあ」
「ふふ、風邪を引かなくてよかったじゃない」
「結果論でしょう」
隆史が言い返すと、白峰は「いいえ、確率論よ」と笑って帰っていった。
それからさらに数日後のこと。その日はやや雲が多かった。それでも、観測できないほどではないので、浩輔は天体望遠鏡を覗き込んだ。さんざめく星々は、今日も宇宙のどこかで生まれて、燃えて、果てている。
その事実は、浩輔に大いなる安らぎを与える。深呼吸すれば、宇宙の一部としての自分を感じられる気がして、浩輔はそっと目を閉じた。
その静けさに割り込んできたのが、スマートフォンへのメッセージ着信音だった。見ると、隆史からのメッセージだった。
子どもが熱を出してしまったらしい。予約が数件入っているが、翌日の営業を一人でお願いしたい旨が書かれていた。
浩輔は手短に「了解」とだけ返信した。