第二話 キーホルダー

思い立ったが吉日。絵美子にはあきれられてしまいそうだ。しかし桃香の足は迷うことなく本屋へ向かっていた。本棚を探しても、中原中也は見当たらない。流行りのコミックのコーナーは広いのに、詩歌のコーナーなんてオマケ程度にしかなくて、それも寺山修司や谷川俊太郎などの本ばかりが並んでいる。中原中也もそこそこ有名だとは思うが、あいにく近所の本屋には置いていないようだ。

(ジュンク堂なら、置いてあるかな。あるだろうな。池袋か……ちょっと、しんどい。)

困ったときの絵美子頼み、じゃないけど。桃香は時間を少し気にしてから、ラインを三本連続で送った。

「通院終わったよー。泣きまくった! もう泣き飽きちゃった!」
「仕事終わったら、連絡くださーい」
「相談したいことがあります☆」

本屋を出ると外はすっかり暮れなずみ、寒風が吹いていた。あぁ、人恋しい季節だ。

(バカだなぁ。懲りちゃいない。わかってるんだけど、しょうがないんだ。だって性分なんだもん。)

それで、何度痛い思いをしたことか。学習能力がないのかと真剣に悩んだ時期もあったが、「もうどうしようもないのだ」と自覚することでしか、自分を制御できないと痛感している。

恋というのは、とんだ劇薬だ。桃香はその扱い方を間違ってばかりだ。


「安田くーん、明日は十時に池袋駅の東口でいい?」
「あ、はい」

安田真一は作業の手を止めずに返事をした。

「そっけないわねぇ。そんなんじゃ、イイヒトにも振られちゃうわよ」
「はぁ、そうですか」
「素直ねぇ。そこが君のいいところなんだけど。ねぇ!」

竹を割ったような性格の先輩、兵藤さんはそういってガハハと笑った。真一は反応に困ったが、とりあえずヘラっと笑ってみせた。兵藤さんは真一の肩をポンと叩き、事務所をあとにした。

「明日はよろしくね!」
「はい、お願いします」


「おいっ!」

早速、絵美子からのツッコミ。二人分の鍋の材料を刻みながら、絵美子はジト目である。

「どんだけサイクルが早いんだ、桃香は」
「えー?」
「女性は、恋愛感情は上書きだってネットの記事……あながち嘘じゃないかもな」
「どういうこと?」
「ついこの間コクった奴のことは、どう思っているのさ」
「は? 白戸君のこと?」
「あんなに真剣に悩んでたじゃない」

桃香はぷぷっとふきだした。

「いやぁ、あんなチャラい奴、どこにでもいるかなって」
「こらー!」

絵美子は包丁を持ったまま桃香を叱った。

「ちょ、絵美子それ怖いって」
「あのね、いつまで溺れるつもり?」

桃香はうーん、と唸った。

「そんなの、自分にだってわかんないよ。うん、わかんない」
「はー、困った子だね」
「自分でもそう思う」

桃香がため息をつくと、絵美子はさらに長いため息をついた。その後、二人はほぼ無言で鍋をつつき、なんとなく眠りについた。


絵美子が平日に休みのある仕事のおかげで、桃香は池袋まで絵美子に付き添ってもらえることになった。人混みが苦手な桃香は、都心への外出には付き添いが必要だった。電車に乗っている間も、絵美子が手を握っていた。

池袋につくと、一息入れようと二人はジュンク堂のある東口ではなく、おしゃれなカフェの多い西口に向かった。駅を出てすぐの広場に、テント式の屋台がたくさん並んでいる。何かのイベントかと思いきや、『第22回 豊島ふれあい福祉祭』と表記されていた。

「ふーん」

絵美子はスルーしようとしたが、桃香が興味を示した。

「ね、ね。ちょっと寄ってこ」
「まぁ、いいけど」

出店にはフェルトで作られたストラップやレジンで作られたブローチ、手縫いのハンカチなどを売っているブース、手作りのクッキーを売っている店などが並んでいた。

「へぇ。結構かわいいね」

絵美子がキーホルダーを手に取ると、店番をしていた女性が声をかけてきた。

「障害のある人が、一つひとつ手作りしています」
「そうなんですかー」

絵美子は適当に相槌を打つが、桃香は、ある一点を食い入るように見ている。

「桃香、行こうか」
「……あ」
「どうしたの?」

桃香の視線の先には、店番の兵藤さんの陰で小銭を数えている、真一の姿があった。

第三話 万引き に続く