第十一話 ツユクサ

あれから、何事もなかったかのように、ペンションでの時間は流れた。肝試しから帰ってきた一同は、好き勝手に部屋でどんちゃん騒ぎをし、その輪の中に美恵もいた。若干、自棄になっているようにも見えたが、そっとしておくことにした。

「なんだかなぁ」

UNOで盛り上がるみんなを横目に、私は呟いた。

「智恵美」

桐崎くんが私を呼んだ。やはり騒ぎの中には入らず、タブレットをいじっている。

「ここら辺、『色々と』埋まっているみたいだよ」
「へ?」
「ちょっと、地質の研究に行ってくる」

桐崎くんがすっくと立ち上がったので、私はビックリした。

「え、もう日付変わるよ?」
「今日は十六夜でしょ。だから」
「……」

少し考えてから、「私も行く」私がそう言うと、桐崎くんは小さく頷いた。


夏独特のむんとした空気。私は肺の奥までそれを吸い込んだ。

見上げれば、圧倒されるほどの星々。地元ではなかなか見られない。

「すごいね。綺麗だね」
「うん。空はいつだって綺麗だよ。人間が気づかないだけで」
「そっか。そうかもね」

二人で湖畔を歩く。どちらからともなく、手を繋いだ。湖面の静けさが少し不気味で、だから私はわざと足音を立てるように歩いた。

小石が蹴飛ばされて、はずみで近くの看板に当たった。その看板には、

『独りで悩まないで あなたがいなくなったら 私たちは悲しい 自殺を考える前に下記へ電話を』

と書かれている。

「……名所らしい」

ポツリと、桐崎くんが言う。続けて、

「自殺は良くないよね」

などと言うものだから、私は応答に窮した。

パタポタと湖面の鳴く音がする。水鳥が首を突っ込んだらしい。

夜空には満天の星。人々を嘲るように、あるいは憐れむように、あまりに美しく輝きを放っている。

「智恵美は、どう思う?」

不意に、桐崎くんは私に問うてきた。

「今、見えている星の光は、何光年も前のものだ。すでに滅んだ星の光を見て、『美しい』と感じることを、誰が断罪するだろう」
「そんな人、いないよ」
「でしょう。だから、それと同じなんだよ」
「何が?」
「大橋夏菜子は無事に地球に還った」

その名前を出されて、私はギクリとした。

「この前見に行ったら、ツユクサが花を咲かせてたよ。新しい命が巡ったんだね。とても綺麗だった」

大学裏の森林公園の丘のふもと。私の友達はそこから、土になってしまった。

……私は押し黙ってしまった。

それからしばらく、二人とも何も言わなかった。

ペンションからちょうど対面の湖畔に辿り着いた時、急に、桐崎くんが歩を止めた。そして前を向いたまま、こう呟いた。

「……つけられてる」
「えっ」

驚く私の肩にそっと手を添えて、

「大丈夫」

桐崎くんは大きめの声で言った。

「何か、ご用ですか? 藤城先輩」

そう、私たちの後ろを、藤城先輩がつけていたのだ。

「……やぁ」

私は瞠目した。藤城先輩の手には、先刻、塊肉を桐崎くんが切り分けていたナイフが握られていたのだ。

第十二話 サイコ野郎