私たちは黙ったまま、スタバの一角に座っていた。ソイラテを一口飲み、ちらりと彼の顔を見る。想像してはいたが、やはり、いつも通りだ。それが、却って怖かった。
「あの、さ」
私はおずおずと言葉を発した。
「聞いた? ニュース」
桐崎くんはスマホをいじりながら答えた。
「こっちには載ってないね」
その画面を見せてきた。内容は芸能ニュースで氾濫している。人気芸能人同士の不倫のニュースで世間は持ちきりになっているようだ。
「まぁ、そのうち見つかるだろうと思ったよ」
さらりと、とんでもないことを言うものだから、私は驚いた。
「そうなの?」
「せっかく地球に還したのに、それを穢す不届き者が、まだ世の中にはいるんだね」
還す。その表現を、桐崎くんはよく使う。殊に夏菜子の遺体に関しては。
私はずっと疑問に思ってきたことを自然と口にしていた。
「どうして、夏菜子だったの?」
「何が」
「だから、その……」
私は言葉に詰まりそうになるが、必死に続きを紡ぐ。
「被害者」
「被害者?」
私の言葉に、桐崎くんはやや不快感を示したようだ。
「それは、適当な表現ではないね」
桐崎くんはトントンと指先でテーブルを叩きながら、
「敢えて表現するなら、『犠牲者』じゃないのかな」
「どっちでもいいけど、とにかく、なんで夏菜子が殺されなきゃならなかったの」
桐崎くんは左手をひらひらさせた。
「智恵美、なんか誤解してない?」
「え……」
私は怪訝な顔をしてしまった。桐崎くんの口調が、いつになく冷たかったからだ。桐崎くんはなおも続ける。
「僕がいつ、誰を殺したの」
「それは……」
言葉に詰まる。私はこの会話が誰かに聞かれやしないかとヒヤヒヤもしていた。
「ね、場所変えない?」
「その必要はないよ」
「どうして」
「別に、憚りごとじゃないでしょう」
桐崎くんの口調は怜悧そのもので、私はすっかり気圧されていた。
「前も言ったはずだよ。噂ほどいい加減で儚いものも珍しい。それに、死んだ人を面白おかしくけなす神経が、僕にはどうしても理解できない」
「……」
桐崎くんはアイスコーヒーを一口飲んで、
「智恵美はどう思う?」
不意に私に問いを投げかけてきた。
「『人殺し』の定義」
「えっ……」
「どうしたら人殺しなんだろうね。刃物で刺したら? 首を絞めたら? 毒を盛ったら? 崖から突き落としたら?」
「ちょっと、やめてよ」
「僕は確かに伝えたよ。『自殺は良くない』って」
「何が言いたいの」
桐崎くんが、一瞬だけ目を細めた。確かに、この目で見た。
そして次の彼の言葉は、私をどん底に突き落とした。
「溺れる人を助けないのも、『人殺し』?」
私は思いきり頬を打たれたような衝撃を受けた。
――そうだ。私だって、人殺しなんだ。
「勘違いしないでほしいのは、僕は別に智恵美を責めたいと思ってる訳じゃないってこと」
彼は静かに言う。
「ただ、訊きたいんだ。どうして僕を人殺しだと思ったのか」
「え、だって……え?」
彼は何を言っているのだろう。文脈がわからない。私は戸惑って、
「だって、桐崎くんは、『切り裂きくん』だから……」
しかし彼の口からは、信じられない言葉が放たれた。
「確かに僕の名前は『きりさき』だけど……言葉遊びならゴメンだよ」
え、え?
「僕は人を切り裂いたりしたことなんて、一度もない」
え? え? え?