第十五話 期待

「確かに、大橋夏菜子を埋めたのは僕だよ」

そう、でしょう?

「でも、彼女を殺しただなんて、僕は一言も言ってない」

!?

「大きな間違いがあるみたいだから、ちゃんと伝えるよ。地中にははるか太古からの記憶が眠っている。それを掘り起こして蘇らせるのが地質学のロマンだ。でもね、大橋夏菜子はそれを理解できず、笑いながら土を穢す行為に及んだ」

土を穢す行為?

「そう。カッターナイフで自分の喉元を、それこそ『切り裂い』たんだ。脈々と続いてきた命の歴史を、下賤な血で染めてしまった」

……それって……。

「大橋夏菜子は自殺だよ」

そんな!

「智恵美、君が何を期待して何を思い込んでいたのかは知らない。だから訊いたんだ。『人殺し』の定義は何かと」

……!

「もっとも、法律では『死体遺棄』も罪になるけどね。でも僕は、人間が決めたルールには、あまり興味がない」

待って、じゃあ、あのアパートの壁の血痕は?

「知らない。以前の借り主がつけたんでしょ。だってあそこ、瑕疵物件だから」

……私を、騙してたのね。

「僕のほうこそ意味がわからない。僕は智恵美に嘘をついたことなんてないのに、智恵美は僕の虚像を勝手に作り上げている。どうして?」

違う。そんなの桐崎くんじゃない。

「それだよ、それ。じゃあ一体『どんなの』が僕なの」

決まってるじゃない。何を考えてるのかよくわからなくて、でも普段は大人しくて優しくて、その実、殺人鬼なのが桐崎くんでしょ!

「……智恵美、ちょっと声が大きいよ」

何よ、今更人目を気にしてんの? 散々マイペース貫いといて。やっぱり、骨が見つかって怖くなったんでしょう。そうよ、死体遺棄だって立派な犯罪よ!

「……」

犯罪者、この、犯罪者!

「……智恵美、自分が共犯者だって忘れたの?」

うるさい!

「『犯人隠匿』も刑法上は立派な犯罪なんでしょ」

知らない、習ってないし、わかりたくもない!

「……そう。じゃあ僕ら、これまでだね」

えっ。

「警察なりどこへなり、好きなところへ行けばいい」

何、それ。

「『殺人鬼』の期待に添えなくて、悪かったね」

何なの。

「僕は本当に、君が好きだった」

やだな、何で過去形なのよ。

「一緒にいてくれて、嬉しかったよ」

だから、なんで過去形……。

「ありがとう。さよなら」

第十六話 唯一無二