第十二章 共犯

すべてを話し終えた隼人は、深呼吸するとそのまま黙ってしまった。僕もまた、言葉を失っていた。マンデリンもホットミルクも、すっかり冷めてしまっていた。

そういうことだったのだ。ランパトカナルは、彼と失われた命を繋ぐ唯一のものだった。だから向精神薬などで消し去ることはできなかったし、それはしてはならないことだった。

彼は眼球をきょろきょろと動かした。こちらを窺うように、不安げな表情を浮かべる。

「……軽蔑して、いいよ」

彼はそう零したが、僕は首を横に振った。

「どうして軽蔑なんてできるんだい」
「俺は誰も守れなかったし、何者にもなれなかった」
「……」
「あの子が、月で俺を待っているんだ」

突然、彼は立ち上がった。

「隼人?」
「行かなきゃ……」

隼人はふらりと歩き出そうとする。僕は堪らなくなって、それを制するために隼人を抱きしめた。

「離せ」
「離さない」
「なんで」
「理由なんて今さらだ」

彼は僕の腕の中で、ぎゅっと目を閉じて「ランパトカナル、ランパトカナル」と唱えだした。その声は少し震えていて、まるで泣いているようだった。僕は懸命に彼を抱きしめ続けた。これはもしかしたら僕のエゴなのかもしれなかったが、それでもどうしても自分の体温を彼に伝える必要があったように思ったからだ。

「隼人、君は悪くない」
「ランパトカナル、ランパトカナル」
「どこにも行かないでくれ」
「ランパトカナル、ランパトカナル」

つらかった。彼の純粋すぎる痛みが伝わってくるようで、しかしわかることなんてきっと、いや絶対にできなくて。こんなにそばにいるのに、僕は彼になることができない。それは僕に強い無力感を与えた。

彼は静かに泣き始めた。それはやがて嗚咽となって、その声だけがしばらくひと気のない喫茶店に響いていた。

静けさを破ったのは、僕のスマートフォンの着信音だった。住吉の携帯番号からだった。僕は彼を解放すると、彼の頭にそっと手を添えてから、着信に応じた。

「はい、もしもし」
「住吉です」
「はい」
「私が伝えたことは、どうか内密にしてください」
「はい?」
「岩本先生が、警察へ届け出ました。これ以上逃げ続ければ、森下先生の罪が重くなります」

僕は唾を飲んだ。

「篠崎さんはまだ十九歳です。少なくとも、未成年者略取誘拐罪は成立するかと思われます」
「住吉さん」
「はい」
「僕らがしている『治療』やら『支援』やらのほうが、ずっと罪深いと、僕は思うよ」
「先生――」

僕は一方的に電話を切った。これでいい。これでいいのだ。

「隼人、聞いてくれ」

僕が呼びかけると、隼人はゆっくりと顔を上げた。

僕は喫茶店のマスターに聞かれぬよう、声を潜めた。

「今から僕らは、共犯者だ」

第十三章 警笛 へ続く