「社会のために役立ちたいです」
「困っている人に手を差し伸べたいです」
こうした志望動機が、自分が役に立つ人間である、自分自身は困っているわけではないといった類の尊大な態度の、他ならない表明である。そのことに気づいている学生のほうが、少ないのではないだろうか。
メディアで佐宗亜梨実を観ることはすっかりなくなったが、アリミは今、私の友達の一人として、私のスマートフォンのフォトアプリにたくさん収まっている。
梅雨が明けて盛夏となった。きつかった実習が終わって、すぐにまとめのレポートを書かされたのが、またしんどかった。
学年で最も提出が早く、また内容を実習担当教官に絶賛されたというレポートは、加藤美里のものだった。模範として学年の全員が、彼女のレポートを読むようにいわれた。
PDFでメールに添付されていたそれは、以下のような内容だった。
あさひ園さんでの実習を終えて
三年 加藤 美里支援ってなんだろう。私はその疑問をほどきたくて実習に臨みました。けれど、一か月の実習でわかるほど、「支援とは何か」という問いは、浅くはありませんでした。それでも、あさひ園さんで実習させていただき、学んだことがあります。「社会復帰」「社会参加」には、人それぞれの形があるということです。
多様性が謳われて久しい時代において、この視点は将来、社会福祉士として働く上で重要になってくると確信しています。たとえ入所施設にいても、その人が社会参加できていると思えば、それは社会参加なのです。入所施設というよりどころが必要な人もいます。入所施設も地域社会の資源の一つです。
私は、あさひ園さんでの経験を活かし、これからもっと様々な場で、より多種多様な人々と出会い、その繋がりを大切にできる社会福祉士を志します。
スマートフォンから加藤のレポートを読んだ私は、ワンタップでそっとPDFデータを削除した。
ベッドに寝転んだまま、私のとなりでポテトチップスを食べていた彼が、こんなことを言った。
「『優秀』なレポートだね。いかにも教授たちが喜びそうな」
「嬉しいのかな。あんなこと書いてまで、褒められたいもんかね」
「さあ。でも、いつだって認められるのはこういう『要領のいい』人間だろ」
彼が言うと、説得力が違う。彼はなおも続けた。
「なんで人って、他者に影響を与えたがる生き物なんだろうね」
「うん?」
「『このサプリがいいよ』だの『あのサービスがいいよ』だの。『このミュージシャンがいいよ』だの『こういう処世術がありますよ』だの」
私は、彼の手元からポテトチップスを奪って、3枚同時に頬張った。彼はそれを気にする様子もなく、淡々と続ける。
「『これこれを信じたら救われますよ』とかさ。どうしていちいち干渉したがるんだろう」
「たぶんだけど」
「うん」
「きっとみんな、寂しいんだよ」
「なるほど」
「『支援』なんて、それの最たるものかもしれないね」
「支援って、つまり一種の干渉だろ。他人様の人生に土足で上がり込むんだから」
「うん、確かに」
私は、実習日誌に馬鹿正直に俳句や短歌を載せたことで、実習担当教官にひどくお叱りを受けた。しかし、それはまだましな方で、彼に至っては、途中で実習から離脱してしまったので、体調が回復次第、再実習の刑を食らってしまった。
幸いにも彼に後遺症はなく、あれからすぐに退院することが叶った。ただ、事情が事情なので、しばらくは彼の母が、週に一度アパートを訪問して様子を見ることとなった。訪問のたびに隅々まで掃除をしてくれるらしいので、彼のアパートは極めて清潔に保たれている。
あの日、実習を無断で休んだ彼を不審に思った受け入れ先の担当者が、緊急連絡先になっていた彼の実家に連絡を入れたという。神奈川県から母親が彼のアパートに駆けつけたところ、ドアノブで首を吊っている彼を発見した、とのことだった。
彼が自殺するために作ったのは、何枚ものシャツの長袖と長袖とを結んで太い紐状にしたものだった。実際に見せてもらうと、かなり結び目が固かった。よほど力を込めたのだろう。彼はその現物を、私に見せてくれた。
「ハンドメイド」
「きっつ」
「怖いよね、若気の至りって」
彼はまるで他人事のように言う。
「ほんとだね。『若さ』と書いて『馬鹿さ』と読んでもおかしくないよね」
「ははは」
「笑いごと?」
「うん、笑いごと」
「そっか」
私たちは声を出して笑った。そうだ。これは、笑いごとなのだ。
エピローグ に続く