夏真っ盛り、大学は夏休みに突入し、私はアルバイトに勤しんでいた。あの日以来、アルバイトが終わると、必ず彼の家に顔を出すようになった。アパートの室内では、牛丼屋を辞めた彼が、緩慢な動作でアルバイト求人誌をめくっている。
私は、廃棄になるはずだった売れ残りのドーナツを、いつものように彼に差し入れた。
「今日はラッキーだよ。ボンボンリングが売れ残ったから」
「お。なに味?」
「ショコラ」
「やった」
ドーナツを美味しそうに頬張る彼を見ていると、なんだか私もお腹が空いてきたので、オールドファッションを手に取った。
「牛乳、好きに飲んでいいから」
「うん、ありがとう」
「どういたしまして」
「そういえば、教えてほしいんだけど」
私は、ドーナツをかじりながら彼に尋ねた。
「星座ってなに座?」
「星座なんて興味ないけど」
「じゃあ、誕生日はいつ」
「10月5日」
私はすぐにスマートフォンで彼の星座を検索した。
「あ、てんびん座だ」
「それがどうかしたの」
「なんでもない……」
にまにまと笑う私を、彼は訝しげに見つめる。私はその視線を捕まえて、アリミ直伝の「あざとかわいい首傾げ」を披露した。ドン引きされるかな、とも思ったのだが、彼はなんと、
「……なに。なんか、かわいいんですけど」
と、顔を真っ赤にした。効果てきめんじゃないか。さすがは元アイドルの得意技だ。
「ふっふっふ。では、いいもの見せてあげよう」
私はそう宣言して、リュックからおもむろに「じゃーん」と、あの日買った花火を取り出した。
「あ、それ」
「行っちゃう?」
「えっ」
「浜辺で花火」
「いいの?」
「今日は何の日?」
「え、8月……7日? ……あ」
「花火の日!」
彼は、どこか照れくさそうに、嬉しそうに頷いた。
私たちは、きっとみんな寂しい。だからこそ、その寂しさを持ち寄って、こうしてそばにいる。
私は、スマートフォンのアプリを開いて、彼のアパートの最寄り駅から鵠沼海岸までのルートを検索した。すると、今から急げば、終電で行けるらしいことが判明した。
「自転車飛ばせば、間に合う!」
私たちはアパートを飛び出して、夜の舗道で自転車をかっ飛ばした。
満天の星空の下、ぽつりぽつりと明りの灯る小さな街を二人で取り残して、一路、私たちは夜の浜辺を目指した。
END