「征二……!」
ユイは、思わず口走った。祭壇前から入口まで駆け寄って、「征二、征二、征二っ」と、愛しい名前を何度も呼んだ。征二もまた、不器用な笑顔を浮かべた。
「おかえり、ユイ」
「ただいま……!」
ユイが花の咲くように明るく笑う。これだ、彼が探し求めていたものは。
征二は続ける。
「箱庭がなくなった。俺はね、もう自由なんだ」
「うん」
「俺が、詠うべき場所は、箱庭なんかじゃなかった……ユイの、隣だったんだ」
戻るべき場所へ、帰るべき場所へ。人はいずれ戻ってゆく。
「征二……っ!」
ユイが征二の胸元に飛び込む。征二はぎこちなく、しかし優しくユイの体を包み込んだ。柔らかい香りがする。愛しい香りが。ユイは言う。
「またここで逢えるなんて、……逢えるなんて、夢みたい」
「夢なんじゃないの」
ユイは、征二の頬をうにーっとつねった。
「意地悪言わないで」
征二はいてて、と漏らした。
「ごめんごめん。だって、約束しただろ。またここで逢おうって」
「そうだね」
人は約束によって縛られるが、同時に約束によって護られる。あの日、征二とユイが教会で誓い合った、その約束は、時を超えてようやく果たされようとしている。
征二はユイに小さな包み紙を渡した。
「なぁに?」
「お土産。温泉饅頭」
ユイは目をぱちくりさせた。
「え? 甘いもの、嬉しいけど、なんで饅頭?」
「温泉に行ってたんだ」
「温泉! いいなぁ! 私も行きたいなー」
「俺も、イタリアに行ってみたい」
ユイは強く頷いた。
「行こう、いつか、必ず。征二に見せてあげたいよ。向こうの海、街、空。本当に綺麗だったんだ。空気だって美味しかった。もちろん、地中海料理もね」
征二は微笑む。その目からは、とめどない落涙。それはすべてを許し、手放し、愛する意味を知ってしまったから。
「ねぇ、聞かせて。ユイの武勇伝」
ユイもくすっと笑う。彼の涙を指先で拭いながら、自分の頬にも涙が流れ続ける。
「じゃあ、私も聞かせて。征二の詩」
二人は抱き合い微笑み見つめあう。ドレスもブーケもない、二人だけの誓いの場。
「……やっと、逢えたね」
約束の地で、二人は口づけを交わした。
砂時計は、永遠の儚さをも包み込む。こうして再び、二人の時間は動き出したのだった。
END