(三)
美奈子が腕をよく振ってテンポ良く歩いていると、向かいから白い大型犬を連れた初老の男性が歩いてきた。会釈されたので、軽く会釈を返した。
次に、女子高生の集団とすれ違った。タピオカミルクティーを片手に楽しそうにおしゃべりしていた。その次には、疲れ切った表情のサラリーマンを見かけた。その姿に、美奈子はシンパシーを覚えた。
(そうだよね。一生懸命だから、疲れるんだよね。)
どうして作家先生というのは気難しい人が多いのだろう。頭を下げて、下げて下げて、ようやく数百文字の原稿がもらえる。それに対して数万円を払う。これじゃ商売、あがったりじゃないか。
「おっ」
いつもの公園に着く。西えんぴつ公園。鉛筆を模した遊具があるのでそう名付けられているそうだ。美奈子はブランコに直行した。
夜の公園という、誰もいない空間。誰の目もはばからず、ブランコに乗って思い切り地面を蹴れる。夜空に向かって漕ぐと、なんだか星に届きそうな気がするので美奈子はその瞬間が好きだ。
日々の頑張りに対する、今この場所だから味わえる、ちょっとしたご褒美のように思えるから。
(あれは、何ていう星座だろう?)
美奈子がブランコに座り、いざ漕ぎだそうと地面を蹴ろうとしたときだ。
「ダメだ!」
突如、愛するパートナーの叫び声がした。美奈子はびっくりしてブランコからすとんと落ちてしりもちをついてしまう。
「いてて……」
なんと、目の前に部屋着のまま全力疾走してきた裕明の姿があるではないか。美奈子は驚き裕明を見上げた。
「ちょっと、何してんの?」
「ダメだ、こっちは……こっちはダメだって、急に秀一くんの声がして……ごめん」
「大丈夫?」
まったく大丈夫ではない。傍から見れば、声ならぬ声にうなされて駆けてきた不審者も同然だ。
だが、美奈子は起きあがってジャージの砂ぼこりを払うと、裕明の背中をさすりながら、「ありがとう」と彼を落ち着かせるように微笑んだ。
「こっちはダメなんだね。もしかして方角かな? じゃあ場所を変えようかな」
「いや、帰って来いっていってるんだ」
「秀一くんが?」
「うん」
それでは仕方がない。美奈子は今日のウォーキングをあきらめることにした。
一聞すると意味不明な彼の言葉に振り回されている生活環境は、もしかしたら美奈子のダイエットがはかどらない理由の一つにはなるかもしれない。
美奈子がブランコから離れて、裕明を支えるようにして歩き出して公園を去ろうとした数秒後のことである――ブランコの金具が外れ、半壊状態になったのは。