(四)
事故の一部始終を目撃した美奈子は「ブランコを壊すくらい、私、太っちゃったんだ」と落ち込んだが、ブランコの老朽化は元々で、美奈子があのまま地面を蹴ってブランコを漕ぎだしていたら、確実に中空に放り出されていたことは容易に想像がつく。
「よかった……本当によかった」
裕明が呟く。美奈子が「ありがとう」と伝えると、裕明ははにかんだ表情をした。
「秀一くんは悪さしないんだ。生身の人間の方が余程悪質だから」
「そうかもしれないね。ありがとう、裕明」
「うん」
二人はベンチに隣りあって座った。
「今夜は星がすごくよく見えるね。夏が来るから、星座も引っ越し中かな」
「アルタイルはもう少し季節が先だね。晴れが続けば最高じゃないかな」
「アイスクリームの季節が来るね!」
「美奈子、ダイエットは?」
「いつか成功したら嬉しい」
裕明は苦笑いした。この調子ではダイエットの達成は難しいな、と。
「ねえ、裕明」
「うん」
「いいんじゃないかな。若宮さんの件」
「え、ほんとうに?」
「もちろんだよ。ただ、無理はしないでほしいな」
「うん」
「よくわからないけど、裕明がそうしたいと思ったらそれを応援するのが、私の役割だから」
「美奈子、ありがとう」
「ふぉっふぉっ、礼なぞいらんぞよ」
「ありがとう」
「いらないってばー」
ホッとして緊張の糸が切れ、一気に気力が途切れたらしい。裕明はその場で頭を抱えながら、前かがみになってしまった。
「あっ、あっ……」
「裕明」
何度目にしても「その瞬間」には息を飲む。それは、長時間の意識の消失を伴う、激しい人格交代の合図だった。
美奈子は一度深呼吸をしてから、覚悟を決めた。
「裕明、おやすみ」
美奈子の腕の中にふわりと倒れこむ裕明。しばらく、パートナーには会えないかもしれない。
よし、と気合を入れて美奈子は裕明を担いで帰路についた。
(あ、これ結構いい運動になるかも。)
西えんぴつ公園から家までのおよそ五〇〇メートルを、美奈子は裕明を背負って歩いた。途中、何人かに不思議な目で見られたが、そんなことはもう、今さらだ。美奈子は、奇異の目で見る者の目こそ奇異だ、と心得ている。裕明の不可思議な言動は、なにも今に始まったことではない。
「秀一くんにもお礼をしなきゃね。ポケモンの新しいぬいぐるみでも買おうか?」
意識を失っている裕明はまったく反応しない。先ほどの美奈子を制止した声からは想像もつかないほど、すやすやと安らかな寝息を立てている。
それにしても、今度は「誰」が出てくるのだろう? まぁ、誰でもいいんだ、みんな愛しいから。
「げっ、帰りは上り坂! 痩せるかもな、これは」
改めて深呼吸する美奈子。
(帰ったら、バウムクーヘンが待っている!)
美奈子のダイエット成功は、そうとう遠い未来の話になりそうである。
第三話 落ちる へつづく