第三話 落ちる

(二)

二人が久々にこの「奥多摩よつばクリニック」へやってくるという一報を電話で受けた木内は、伴侶の岸井に「午後、休診にしちゃだめ?」と駄々をこねたが、あっけなく却下された。

「そりゃそうだよね」

ぺろっと舌を出す木内の機嫌は、それでも上々だ。

「午後の診察が終わったら、ホームパーティーだ。岸井さん、とっておきのキッシュを焼いてよね」
「まかせて。とても新鮮なズッキーニを差し入れてもらったの。今日は予約がいっぱいだから、気合入れて診察してくださいね」
「はいよ。こちらもお任せを」

奥多摩よつばクリニックは、奥多摩駅からバスに乗り、最寄りバス停からさらに五分ほど歩いた知る人ぞ知る、院長の木内曰く「風光明媚な」メンタルクリニックである。かつて裕明と美奈子はここで出会い、静かに愛を育んだ。

それは、いつかの佐久間と彼の愛した女性、雪のように穏やかに、安らかに。