第四話 真相

裕明が険しい表情でいうには、「それにこれは、依頼主の手のひらじゃない」とのことだった。驚く美奈子に、裕明はつづけた。

「これは、写真素材サイトで誰でもダウンロードできる画像だ」
「ええっ」
「ふざけ半分で僕にメールしてきたんでしょう。まったく、くだらないにもほどがあるよ」

生ぬるい小細工など、裕明には一切通用しない。

バスは順調に走り続け、奥多摩駅の停留場に停まった。美奈子が二人分の乗車賃を払っているかん、裕明の視界はいびつにうねり、一瞬だけブラックアウトした。

「ありがとうございました」

美奈子が運転手に礼を述べると、

「大丈夫。この世はすべて因果応報だからね。『みゎ』さんとやらにも、きちんとしっぺ返しがくるさ」

裕明の――いや「彼」の目が縫い針のように細められる。二人がバスを降りるのと時を同じくして、ずっと二人にくっついてきていたそよ風が凪いだ。

 

美奈子は彼をホームのベンチに残し、「お茶、買ってくるね」と自動販売機まで歩いていった。彼はめったに聞かないスマートフォンのラジオアプリを細長い指先でタップし、ワイヤレスイヤホンのスイッチをオンにした。

プレイバック放送でニュース番組を再生した彼の耳に、こんなニュースが入ってきた。

「本日午前九時過ぎ、神奈川県の私立滝宮川学園高等学校の課外授業生を乗せたバスが、東名高速下り車線で横転しました。この事故で、女子生徒一名が手首を複雑骨折する重傷を負い、数名も軽傷を負った模様です」

ペットボトルの緑茶をふたつ携えた美奈子が戻ってきたが、彼に声をかけようとして美奈子はぎょっとした。彼がひとりで薄ら笑っていたからだ。

(ラジオ大喜利でも聴いているのかな?)

「お茶、受け取ってよ」
「……うん、悪くない。思った以上に早かった」
「なにが?」
「あ、ごめんごめん」

差し出されたペットボトルを受け取った彼に、美奈子は率直に質問をぶつけた。

「何か面白い番組でも聴いてたの?」
「うん」
「それはよかった」
「一緒に聴く?」

美奈子が首を縦に振ると、彼はイヤホンの片方を美奈子の右耳に挿し、スマートフォンを操作して今しがたのニュースを美奈子に聞かせた。

「わ……全然笑えないよ、この事故。なにが可笑しかったの?」

彼は不自然なほど慈愛に満ちた瞳で、美奈子を見つめた。

「雪、きみには関係のない世界の話さ。もうすぐ電車が来るよ」
「ん? あれ、佐久間さん?」

裕明と美奈子の暮らす街の方面へと二人を連れてゆく折り返しの列車が、奥多摩駅にゆっくりと進入してきた。ブレーキをかけられた車輪の軋む音で、美奈子の言葉に対して彼が発した言葉を聞き取ることは叶わなかったが、くちびるの動きを追った美奈子には、彼がこういったような気がした。

「かえろう」

のちに手首の複雑骨折の重傷を負った件の女子生徒には事故による重度のPTSDが残遺したとのことだったが、それがネットニュースとして報じられることはなかった。

――あなたの良心の赴くままに、事態は動くでしょう。

それは、あらゆる星々がままそこに在るだけで輝いていることと同義として、と教えてくれた裕明の師匠である皐月のカフェには、二人が街に戻っていた頃、招かれざる客がきていた。