第四話 真相

(二)

取材というのは実に便利な口実だ。口コミやら星の点数やらでその店が評価されるようになって久しい。この口コミなどが甘く見られなくて、点数で店の価値が左右されることはすなわち客の機嫌が死活問題に直結する側面があることは否めない。

かつてのローズメイが開いたカフェということもあり、開店当時こそテレビや雑誌の取材が来たが、ここ数年はすっかり街の憩いスポットとして落ち着いてきた、と皐月自身は思っていた。そこへ、西郷が取材を申し込んできたのだ。

てっきりカフェをミニコミ誌などで紹介してくれるのかと思いきや、西郷からの取材依頼メールにはこう書かれていた。

「殺人鬼を匿う元有名占い師の現在について」

カフェ「プレイ・オブ・ローズ」はその日、午後の営業を臨時休業とした。いつも午後2時過ぎにお茶をしにくる常連のご婦人たちに申し訳ないと思いつつ、皐月はため息まじりにクローズの札を店の扉に掲げた。

厳しくなりつつある陽光が、窓越しに店内いっぱいに差しこんでいる。

店の固定電話が鳴った。かけてきた相手は考えなくてもわかるので、皐月はさらに深いため息をついてから受話器を取った。

「準備できましたよ。いつでもどうぞ」
「すみませんね、お忙しいところ」

電話はすぐに切られる。ほどなくして扉が開いた。近くで張ってでもいたのだろうか、気味が悪い。カーキ色のTシャツにジーパンというラフな格好をした西郷が入ってくると「どうも」とニヤニヤしながらあいさつしてきた。

皐月は自分の苛立ちを意に介さないように注意を払い、カウンター席に座った西郷に氷入りの水を差しだした。

「ご注文は?」
「特ダネをひとつ」

さすがの皐月の眉間にもしわが寄る。回りくどいのが不得手な皐月は、単刀直入に西郷に問うた。

「なんか嗅ぎまわってるみたいだけど、一体何が知りたいの」

西郷は肩をすくめた。

「逆にこちらがききたいくらいですよ。なんで死刑になった男がのうのうと、こんな可愛らしいカフェであんな若い奥さんと夕飯なんて食べているのか」

皐月は、この男をこのまま返すのは賢明ではないと察した。裕明について――正しくは佐久間康之について――何か知っている様子である。

「なぜ、佐久間のことを?」
「こちらが取材に来てるのになあ、質問はこちらからさせてくださいよ」

皐月は紅色のネイルの施された指先を顔の前で組んでにやりと笑った。

「結構よ。なんでもきいて」
「なんでも?」
「ええ、なんでも」

西郷はニヤつきをこらえることができないようで、「じゃあ、ICレコーダー使いますね」と録音ボタンを押下した。とたんに襟を正したかのような口調になる西郷に、皐月は内心で舌打ちをした。

「東京都西部のとある街に、かつての殺人鬼が潜伏しているというのは本当ですか?」
「『潜伏』なんて表現は正しくない。彼は堂々とこの街で暮らしているわ」
「佐久間康之。みなさんもまだ覚えていますでしょうか? 『目黒一家殺害事件』の犯人であり、死刑判決を下され、その後刑が執行された男です。その男が、なんと、都心を離れて今現在、この西部の街……八王子某所で暮らしていると」
「そのセンセーショナルぶった話し方、どうにかならないの」
「ここでおさらいをさせてください。あの事件は、目黒区の一軒家で暮らしていた一家に起こった悲劇ですよね。当時大学生だった佐久間康之によって医師の父親、専業主婦の母親、6歳の娘が殺害された。その後、佐久間によって家は放火されて全焼した」
「……間違っては、いない」
「佐久間はすぐに捕まって容疑も素直に認めた。しかしながら、ある一つの要因が事件をややこしくさせたのです」
「……どうぞ続けて」
「佐久間には恋人がいました。その恋人の名は有馬雪。有馬は拒食症のため、板橋区にある精神科病院に入院していた。殺害された医師はそこに勤務をする精神科医で、有馬の主治医でした」

皐月は飲みかけのアイスティーのストローをグラスの中で回す。跳ね上がりそうになる動悸をどうにか抑えようと、鎮静作用の強いベルガモットの香りに意識を傾けた。

「復讐だったのです。佐久間は恋人を自殺に追いやった医師を非常に恨んでいました。手記にはこうあります、『雨があがっても二人の間に虹はかからなかった』と。悲恋が殺人鬼を生んでしまったのでしょう」
「それは、根拠のある情報なのかしら?」
「根拠もなにも。私は佐久間と書簡のやりとりをしていましたから」
「え?」
「目黒の事件では一人、佐久間の魔の手を逃れた人間がいますね」

皐月はたまらずにICレコーダーの録音モードを解除した。

「なんなの。あなた、何者なの」
「ただのしがないフリージャーナリストですよ」

皐月が睨みつけると、西郷はいそいそとレコーダーをリュックサックにしまいこんだ。

「ホットコーヒー、いただけます? 何も飲み食いしないで点数はつけられないんで」

オーダーする西郷に、皐月は背を向けたままこう告げた。

「……録音しないというのなら、あなたに本当のことを伝えるわ。ただ、真実を知ったならもう、これ以上あの子たちに干渉しないで」
「え?」

閉店しているはずの「プレイ・オブ・ローズ」の扉がゆっくりと押し開けられたのは、西郷が皐月の言葉に対して返事をしあぐねているさなかのことだ。

「すまん。遅くなった」

現れたのは、しわだらけのワイシャツにくたびれたチノパン姿の警視庁八王子署の刑事、若宮であった。