サイコっぽい男「きみを剝製にしてあげる」
付き合っていた女「そんな……剥製づくりに必要なミョウバン、塩、石膏、ウレタン、すべてが値上がりしてるこのご時世に!?」
ショートコント「費用」初稿
上司の女「ぷはーっ! 一仕事終えたあとの酒は生き返るわー!」
部下の男「えっ、課長って死んでたんですか?」
女「そうね、あまりの忙しさに死んでたようなもんだ」
男「で、生き返ったんすね」
女「あはは、まぁそうかもね」
男「俺、死にたいんですが、あっちはどんな景色でした?」
女「大して変わんなかったよ。不況に値上げラッシュのコンボで『死に税』まで取られた」
男「うわまじか! 死にてー」
ショートコント「蘇生」初稿
(テーブルをはさんで深刻な表情の合う男女)
男「すみません。これはソルティードッグですか?」
女「いいえ、讃岐うどんです」
男「どおりでいいコシなわけで!」
ショートコント「讃岐」初稿
目を通し終えた原稿用紙を、4が5へ手渡す。なにしろ数字なので、表情をうかがい知ることはできない。
5が「ふむ」とだけ呟いて、次に7へと原稿用紙はリレーされる。
4と5と7の評価が気になって仕方がない様子をどうにか誤魔化そうと、僕はグラスに入った水をぐびぐびと飲む。
グラスがカラになるたび、すぐにきみがピッチャーからなみなみと水を注ぐので、満たされるたびに僕はそれを一気飲みしてしまう。
カウンター越しに、煙管から白い煙をくゆらせながら声をかけたのはライラだった。
「予選はいつなの」
僕はくたびれたレザーのリュックからスケジュール帳を取り出し、日付を確認した。
「来週の金曜日。受付が午前十時で締め切られるから、始発で向かっても間に合うか微妙だし、なるべくいいコンディションで臨みたいから、前泊できたらと思ってる」
ライラは煙を吐きながら「へぇ」と金色の瞳を僕に向けた。
「毎月の家賃もやっと払っているのに、前泊なんて大したご身分だこと。東京なんて、ビジネスホテルでも一泊でこっちの一ヶ月分の食費は軽く飛ぶのよ。そんなこと、あなたならよく知ってるでしょう」
「アテがあるんだ」
「アテ?」
「ああ」
「まさか、優勝賞金の皮算用じゃないでしょうね」
僕は首を横に振った。いくらなんでも、そんな無謀な計画は立てない。
きみが、僕のグラスに水を注ぎたそうにピッチャーを両手でかかえたまま、僕の横でうずうずしている。
「一緒に行く。東京にもライブハウスはまだ残っているはずだ。もちろん、僕だってただボーッと突っ立っているつもりはないよ。カスタネットやタンバリンくらいは叩ける」
「甘すぎる」
ライラは、僕のプランを一刀両断した。
「他人の演奏頼みで遠征費を稼ぐ? カスタネットやタンバリン『くらい』? 舐めないでちょうだい」
「いや、『他人』じゃない」
「そうしゃなくて。ホシノ、あなたは何かとツメが甘い。なんならネタの練度も低い。しかも稽古の時間も足りてない。それでいて、『笑いでAIを滅ぼす』なんてスローガンだけ立派で。その乖離が、とにかくみすぼらしい」
「そこまで言わなくても……」
ダメージを喰らうのは、ライラの言葉が図星だからだろう。僕はぐったりして、グラスの水を飲む気力もなくなってしまった。
きみは水を注げなくなってしまったので、つまらなそうにピッチャーをテーブルへ置いた。
それからきみは、カウンターに居座る4と5と7の正面に立って、それぞれの頭部をぽんぽん、ぽん、と叩いた。
「なんですか、いきなり」と4。「おい坊主、礼節ってのを知らないのか」と5。「ははは、びっくりしたなぁ」と7。
「きみ」は4と5と7のリアクションを、五線譜ノートに書き留めた。それから、「スナック ライライラ」の奥に置いてあるアップリフトピアノへ向かい、鍵盤に細長い指を滑らせはじめた。
その旋律は、単調で緩急のない、聞いていて正直退屈なものに僕には感じられた。「きみ」がそんな演奏をするなんて、滅多にないことだ。
こんなものを遠征先で披露されてしまったら、もらえるものももらえなくなってしまう。
僕は、ネタへの感想などそっちのけで、すっかりピアノに聴き入っている4と5と7に対して腹が立ってきた。
「せめて、一言くらいなにか、こう……アドバイスとか、そういうのを言ってもらえないかな」
ライラが僕の目の前に、伊万里焼にのせた鯖の味噌煮を、音を立てて置いた。
「ホシノ。そのさもしさは、間違いなく空腹のせいよ」
ライライラでは、昼時に定食を提供することもある。食材が手に入れば、毎日だって出したいとライラは考えているようだ。
かつて小料理屋で修行したこともあるらしく、ライラの腕前は確かに見事だ。食堂として営業できれば、さぞ店は繁盛するだろう。
僕は、自分のなかで悔しさより空腹が優っていると自覚してしまったので、鯖の味噌煮に箸をつけた。
「もう……。ほんと……」
「うう……。そうなんだよ……」
「あーもー、もー。もうなぁ」
僕はぎょっとした。4と5と7は、きみの退屈な演奏に涙をぼたぼたと流していたのだ。
彼らのなかで最も饒舌らしい5が、しゃくりあげながら、4と7と肩を組んだ。
「俺ら、無駄だって、切り捨てられたんだ。タイパが悪いってさ。ほら、4も俺も7も、ひと筆では書けないだろ。0や1や……9の奴らは、ささっと書けるから『合格』なんだってさ。俺たちは、俺たちは……」
言葉に詰まる5を、7がフォローした。
「生意気だよなぁ、あいつら! 文字なんて手書きしないくせに。俺なんて、その昔は『777』でフィーバー! なんて、ひどくもてはやされたもんだよ。それがさ、あー、あーもう、あー」
悲しみに身を震わせる7に続いて、4は歌った。
「引き裂かれた! ああ、実存は可能性を超えられなかった! 降った、降った、それは滾る血ではなくて、ただの歌でした……」
「無駄」とされた者たちが、それゆえ否定され排除され、尊厳すら奪われて、どうにかこの街へ逃れてきた。
きみの即興曲は、とにかく退屈で盛り上がりがなくて、面白みもない。聞くだけ無駄とすら思ってしまう。
そんな「無駄」な曲を、きみは丹精込めて、丁寧に、心を尽くして弾き続けている。
きみは間違いなく、「無駄」とされた者のためだけに、真剣にピアノと向き合っているのだ。
まぶたを閉じて、ライラもその演奏に聴き入っている。僕もそれに倣って目を瞑った。
「あいつら」が無駄と切り捨てたもの。それは「あいつら」が忌避がしているものとイコールだ。
突破できるかどうかもわからない予選に向けて、連日寝不足になってネタを作っている自分。莫大な遠征費がかかるとわかっているのに、金銭的なアテがきみ頼みの自分。寝不足と空腹に負けて、哀れな数字たちに苛々してしまう自分。
無駄。無駄。無駄。
それってそんなに、だめなこと?
「ごめん」
鯖の味噌煮を平らげた僕は、堪らなくなって、きみを背中から抱きしめた。
「僕が、間違ってた。本当に僕は、馬鹿だった。なんにもわかってなかった」
演奏を中断されて、4と5と7はため息をついた。
ライラは長く煙を吐いて、頬杖をつき、射抜くような視線を僕に浴びせた。
「なんで『馬鹿だった』って過去形にできるのかしら」
数字たちも口々に加勢する。まず5が、居丈高な口調で言葉を浴びせてきた。
「ホシノの旦那。あんたもう少し、いやかなり頑張らなきゃダメです。お笑いってのを、まるでわかってない。もちろん、理屈や技巧だけで成立なんてしませんぜ」
7は強く首肯した。
「お笑いって、一方通行じゃないと思うんですよ。お客さんがドッと笑って、それでやっと生まれるものっていうかさ。パッションっていうか、ね。そういうやつ」
とどめに、4がぽそっと呟いた。
「原石は放置をすればただの石。蹴られて割れる。それでいいわけ?」
僕は、ハッとした。
「今のそれ、三十一文字になってる」
僕の右腕に、きみがくたっと寄りかかってきた。さらさらの黒髪が触れたものだから、僕は目をぱちくりさせるしかなかった。
end.