10 鎖

僕の眼球には明け透けな青空が映し出されている。昔、宇宙飛行士と呼ばれたとある女性はこう言ったらしい。

「地球は、青かった」

と。

けれども、今日が偶然そうであっただけで、人類史末期に人間たちが縋ったあらゆる歪んだエネルギー帯たちが地球を覆って以降、赤い雲から血塊のような雪の降る日もあったし、なんなら明日は虹が何本も何百本も、空を縫うようにプリズムを拡げることだろう。

ミズは合点のいった様子でずっと何かをしゃべっていたし、それを必死に聞き流しているゼロイチがひどく不機嫌なのも知っていたけれど、僕が言えることといったらこれくらいのことだった。

「こんな壊れた世界に、今さら倫理なんて必要かい?」
「それもそうだけど」

ミズは腕組みし、「ふーん」と不敵に笑ってみせた。

「アオの父親はあんた?」
「それは違う」
「そうなの? てっきり――」
「やっぱりそうか」

僕は深いため息をついた。

「まさしく無知全能の『神』らしい言動だね。なんだって知りたがる。知りたがるだけで、知ろうとしない」
「どういう意味よ」
「僕はミズ、あなたたちが地球を見捨ててから今日まで、『何もかも』を記憶して存在している。この意味がわかるかい」
「え?」

アオが「早く帰ろうよ!」とこちらに手を振っている。彼の周囲をノイが楽しそうに飛び回っている。僕はアオに「ああ、帰ったらズッキーニをグリルで焼いて岩塩で食べよう」と返事をしてから、ちらりとミズをみやった。

「この世界はすべて『対』で成されていることくらいは、知っているだろ」
「当然の教養よ」
「だったらなぜ気づかない! 無知全能の者。あなたたちの存在はそのまま僕という、『全知無能者』の存在の肯定になっているんだよ」
「な、なによそれ……」
「愚かさは今や死よりむごい。ミズ、あなたはその格好のまま僕に何を要求しているのか、それを僕が『知らない』ということはあり得ないことなんだ」
「……バカみたい」

つぶやいたのはゼロイチだ。彼女はすすで黒ずんだ羽を引きずるように歩きながら、堰を切ったように話し始めた。

「誰が神様とか、誰が人間とか、誰が食材とか――誰が母親なんて、どうでもよくない!? 生まれたところで、存在したところで、希望なんて何一つ持てないこんな世界、私は大嫌い。『わたし』が消費されたり処分されたり、そんなことの繰り返しなんてもう、見たくもない。飽き飽き。でも、人間が人間をやめだしたあの頃、安易に慰められて生存を強制されて、まやかしの希望を抱いては裏切られた、あの頃よりはずっとマシかもしれないけれど」

そこまで話して、ゼロイチはハッと顔を上げた。

「あれ、私……?」
「どうやら、デリートしたはずの記憶がリカバリしちゃったみたいだね」

僕の指摘に、ゼロイチは真っ青な顔で何度も首を横に振った。突然蘇った記憶とそれに伴う感情に、脳神経がパンク寸前になっているのだろう、苦しくないわけがない。

「家に帰ろう。せめて痛み止めを調合してあげるから」

僕の申し出に、しかしゼロイチは「いやだ……」と返すのが精いっぱいのようだ。
ミズもまた、ひどいしかめっ面で僕を睨んでいる。苦々しい口調で僕の言葉を咀嚼し、反芻した。

「あんたが『全知無能者』ですって……?」

11 雨 へつづく