この世界で認識可能な事象のすべては表裏一体でありシンメトリであると、僕は自分にとっては話すまでもないことを3人に伝えた。
ミズが「じゃあ認識できないものは当てはまらないのね」などと的外れなことを言うので、僕は「認識の可能と不可能についても話しておかなきゃだめかな?」と吐き捨てた。
それから数日は何事もなく過ぎた。僕とアオとゼロイチは交代でキッチンに立ち、ノイが運んでくる正体不明の食材を、肉じゃが(のようなもの)にしたりミネストローネ(のようなもの)にしたりして、4人で食卓を囲んだ。それをおかしな光景だと笑う者はいない。
ただ、「ちょっと味付けが濃いね」だとか「もう少し煮込めばよかった」だとか、そういった会話がされるだけだった。
緑色の積乱雲から緑色の豪雨が降り注いだ日があった。ノイと食材を調達していたアオはしたたかにそれに打たれて帰ってきた。真っ白のはずのシャツは泥のような薄汚い緑色に染まっていた。
「いきなりだったから、傘は持っていなかったんだ」
僕はすぐにバスタオルをアオに手渡した。
「シャワーを浴びておいで」
「うん」
それから10分経っても、20分経ってもアオが出てこないので、もしやと思い浴室のドアを開けると、アオがシャワーを出しっぱなしのまま床に倒れていた。
「アオ、大丈夫か」
「……」
「ゼロイチ!」
僕はすぐに隣の部屋でアイロンがけをしていたゼロイチを呼んだ。ゼロイチは羽をぱたぱたさせながら顔を出した。
「どうしたの?――」
言い終えてすぐ、アオの異変に気付いたゼロイチは、僕を跳ねのけるようにしてアオの体に触れた。
「すごい熱……!」
「すぐ処置する。ゼロイチ、きみはアオの様子を見ていてくれ」
僕はゼロイチにアオを託すと、応急処置に使えそうな一通りの物品をとるために、その昔処置室で今は書斎として使っている部屋に行った。
そこでは、黒のワンピースに身を包んだミズが、相変わらず不機嫌そうに本を読んでいた。僕は事情を説明したが、ミズに協力の意思はないようだった。わかっていたこととはいえ、気分が悪い。
「せめてそこをどいてくれないか。奥に必要なものが入っているんだ」
「はいはい、全知様」
「その呼称はやめてくれ。全能さん」
「お互いさまじゃない」
「言い争っている場合じゃないんだ。あの緑色の雨は、ちょっとたちが悪いかもしれない」
「あら、あなたにわからないことがあるっていうの?」
「誤解しないでほしい。僕が『全知』なのは『既に起きたこと』に対してだ。何の予測も立たないこの世界では、いかにそれが無力かを痛感しているよ」
「あ、そ」
「相変わらず他人事かい」
「まぁね。でも、急いだほうがいいんじゃないの? 今ちょうど読んでる本に、リョク・ウ、緑色の雨は『人間の奥深くに封じられた野生や野蛮性を惹起する類の性質を持った液体である』と書いてあるわよ」
僕は横目でミズを一瞬だけにらみつけ、点滴の器具を探し当てるとそのまま浴室へと戻ることにした。
浴室に戻ってきた僕は瞠目した。アオは、意識を取り戻していた。ただし、緑色の雨をひどく浴びたアオは、獣のような形相でゼロイチの首に掴みかかっていたのだ。
「アオ、やめろ」
僕の言葉にも、アオは一切反応しない。しかしもっと驚くべきことは、当のゼロイチがまったく抵抗をしていないことだった。
12 無意味 へつづく