14 因子

動機など、どうでもよかった。ただ僕たちは、目的を定めず生きることを目的とし、いずれ訪れる「死」に焦がれて、自らそれを手繰り寄せることだけを希求しているのだから。

ノイはあれ以来、鳴き声を発さなくなった。アオは心配して餌をやるのだが、それに口をつけようとしない。日に日に衰弱しているようだった。アオは夜通しノイを見守っていた。彼の部屋に、時折ミズが出入りしていることに、僕が気づかないわけはなかった。

ゼロイチはそんなアオに対し、やはり我が子の成長を見守るスタンスを貫いていた。

少女は、母親の記憶を取り戻しているようであった。意味のないことだと思う。

しかし「無意味」が一概に悪いとも思えない。母親が我が子に対して抱く「愛情」をいちいち分解して論じるのも、今さら野暮なことだ。

さて、僕といえば今まさに、塊肉解体用のナイフでミズの首を刺しているところだ。ミズは至って冷静に、つまらないものを見るような視線を僕に向けている。

「意味のないことをするのね」
「無意味にも意味は宿るよ。『無意味』という容れ物があれば」
「どうしてこんなことをするの?」
「危険因子は排除しなければ」

僕は蔑みの視線をミズに向ける。

「アオを誘惑しただろう」
「なに、それがどうかしたの」

僕はナイフを引き抜くと、ミズの首筋にそれを再び突き立てた。ミズは吐血しながらため息をつく。

「自然なことじゃない? 実際、キボウの中ではありとあらゆる欲望が満たされていたわけだし」
「キボウは消えた」
「そうね。神の叡智も、宇宙の、ブラックホールという愛情には勝てなかったわけよね」
「この世界も終わって久しい。赤子だったアオは、生殖が可能な状態にまで成長した。だが、ミズ。いわばきみは、イレギュラーなエラーだ。存在するだけでもおかしいのに、ましてやこの後の世界に命を繋げようとするなんてことは、僕が許さない」

僕がナイフを引き抜くと、ミズは面倒そうに口元の血を指で拭った。

「……あんたの目的は、それなのね」

僕は次にミズの髪を掴んで、壁にしたたかに彼女の体を打ちつけた。ミズは薄ら笑う。

「最後の人間であるアオにしか、ランパトカナルの光は使えない。命を命たらしめる奇跡の光は、神である私やあんたには使うことができない。それがどうしてかって、ずっと考えていたわ。でも、今やっとわかった。無知全能者と全知無能者は人間を超越した存在。ランパトカナルはどこまでも、人間という不完全な存在にしか奇跡をもたらさない。なぜか?」
「……黙れ」
「愛ゆえに、存在は傷つくから」

僕はミズの喉元にナイフを滑らせた。刃は声帯を正確に裂いたらしく、ミズはそれからヒューヒューとしか声を発せなくなった。こんな状態になっても、アオがランパトカナルの光を照射すれば、何事もなかったように復活できる。ミズはそう踏んでいるに違いない。えげつないことだ。

にやっと笑って僕のほうへ倒れこむミズ。軽視されて軽視されて、結果命はどうなった? 「どうせ」また生きられるとでも、ミズは考えたのだろうか? やはり、無知全能者はどこまでも愚かだ。

そこへ昼食の支度ができたとゼロイチがやってきた。浴室が血まみれになっているのを見ても、ゼロイチは動揺ひとつしない。いつものことだとでも思っているのだろう。

「スープ、冷めちゃうから。さっさと後片付けしてね」
「『後片付け』か。言いえて妙だね」
「は?」
「この女はもう動かない」
「ケムリ、何を言っているの?」
「事実を述べているだけだよ。処分が必要だった」
「寝言を言わないで。いつもみたいに光をあてれば――」
「奇跡はもう起きない」

ゼロイチは言葉を失った。口元に両手をあてて凍り付く。背中から生えた羽が、やがて小刻みに震えだした。ミズが流した血が流れて、ゼロイチのつま先を汚す。

「奇跡はもう起きない」

僕はもう一度告げた。ゼロイチは脱力して、その場に座り込んでしまった。

15 終止符 へつづく