アオは慌てて懐からペンライトを取り出し、ほうぼうに散ったノイの残骸たちに照射する。
「ノイ……ノイ!」
アオの呼びかけに応えるように、青白いひかりを浴びた肉塊たちがいっせいに蠢きだす。
「アオは、ノイのことが好きなんだね」
僕がそう言うと、アオは怪訝そうに僕を睨んだ。
「『好き』ってなに?」
「アオは知る必要のない感情だよ、本来ならね」
さて、ひかりを浴びてあっけなく命を取り戻したノイは嬉しそうにアオの肩のあたりで踊るように飛び回り始めた。
こんなものなのだ。命とは、こうも簡単にやりとりされる存在になって久しい。
「アオ、せっかくだからこっちにもひかりを当てておやり」
「え?」
僕はゼロイチの肩を指さした。
「照射を」
僕に言われるままにアオがゼロイチの肩にペンライトでひかりを当てる。すると、そこにレーザーに焼かれたミズの細胞の核が辛うじて残存しており、それはみるみる人体の形を成していった。
生死が、この程度のことになってしまった。それを憂うのは間違っているだろうか?
目の前に、一糸まとわぬミズの姿。それを察知したらしいアンドロイドが再び鞭を振るおうと攻撃姿勢に入ったので、僕はアオにこう命じた。
「あのアンドロイドの目の部分にも、そのひかりを当てるんだ」
アオはその理由を問うている場合ではないと理解したようで、ペンライトの先をアンドロイドの頭部に向けた。ひかりを浴びたアンドロイドの挙動に、すぐに変化が起こりはじめる。
「えまーじぇんしー。重大ナしすてむえらー発生、しすてむえらー発生」
どうやら混乱を起こしたらしいそのアンドロイドは、パニックになって自分の躯体に向け鞭を振るった。何体もの天使を痛めつけ、時に葬ってきたそれはアンドロイド自身を破壊するのに十分すぎる威力を持っていた。
「あーあ」
ミズがわざとらしく肩をすくめてみせる。もちろん全裸でだ。
主となっていたアンドロイドが破壊されたことで、「天使製造工場」の指揮系統が壊れたらしい。命令信号を受信できないドローンたちはそのあたりをふらふらと彷徨い、次々と自ら壁などに衝突して自滅していった。
「とんだ社会科見学ね」
帰り道、飛ぶ体力の残っていなかったらしいゼロイチがとぼとぼと歩きながら、僕にこういった。
「どういうこと?」
「なにが?」
「ケムリ、あなたは何を知っているの」
「何を、って……」
「質問の仕方がよくなかった。あなたは『何もかも知っている』んでしょう」
その質問に対し、僕は返答に窮した。確かにゼロイチの表現は的を射ている。だが、正確ではない。そこへ参戦してきたのがミズだ。
「おかしいと思ったのよ。『キボウ』の消滅を伝えたときにケムリ、あなたは驚いたような顔をしていたけれど、あれは実は演技じゃない? すべて『そうなることをわかっていた』んじゃないの?」
僕は「今日がいくら暑いからって、せめて何か着てくれよ」とため息をつくが、ミズはそれでも続ける。
「天使の遺伝子の下敷きとなった少女――緑川ゆうは、人類が神となるその寸前に自ら命を絶った。確かカルテが残っていたわね、片田舎の小さなクリニックに。ただし――」
ミズは僕を試すように持論を展開し続ける。
「緑川ゆうが通っていたのは内科と歯科と精神科、そして産婦人科を併設したクリニックだったわよね」
僕はぴたりと歩を止めた。
「だったら、こう推察するのが自然じゃない? 人類史末期の状況を考えればね。あらゆる形態の暴力によって傷ついたのは精神面だけではなかった。だから産婦人科がどうしても必要だった。永遠を手に入れて神になり果てた者たちは、それでも快楽だけは手放さなかった……それは、私が『キボウ』の中で見ているから間違いない。そこで一つの仮説にたどり着くわけ」
「ミズ、少し黙ってくれないか」
「あの子の母親は緑川ゆう。違うかしら?」
ミズの視線の先には、ノイと戯れるアオの姿があった。
10 鎖 へつづく