プロローグ ひかり

世界の終わりのそのあとに、僕たちは小さなレストランをはじめた。


光の残骸は生命だから、生命は光に焦がれ光を求めるというアオの仮説は、なかなか興味深い。薄暗い倉庫の片隅に放置された錆びた鳥かごを僕が持っていたペンライトで照らしてやると、かごの中でむくむくと動いていた肉片たちがいっせいに光の点に集いはじめた。

「ランパトカナルだ」

鳥かごを凝視しながらアオが呟く。ラ・ン・パ・ト・カ・ナ・ル。これ自体は言葉遊びでもなければどこか異国の言葉でもなく、ただの文字の羅列である。

しかしアオにとっては、今目の前で起きている現象の全般を指すことでもあるらしい。すなわち、光が生命に墜落する瞬間のことを示す、寂しさの象徴。

それは、かつてこの地に暮らした人々が「誕生」と呼んだものだ。鳥かごの中で蠢いていた肉片たちが仄かな光のもと集い、小さな塊となっていく。

僕たちが見つめる中、それはみるみる真っ白な羽毛を生やし、瑠璃色のクチバシと黄金色のくりっとした眼を持った一羽の小鳥という生命体を形成した。

「おはよう」

アオが小鳥に語りかけると、小鳥は首をちょこっと傾げ、オルゴールの音色のような透き通った声で「ノイ、ノイ」と鳴いた。

「ノイ?」
「たぶんneu、かな。むかし中欧という場所にあった国に存在した言語で『新しい』って意味だよ」
「ふーん。ケムリは物知りだね」

僕は苦笑いする。「知識」が今この場において、ほとんど意味を持たないことを知っているからだ。

アオの肩に真綿色の小鳥がとまる。「ノイ、ノイ」と何かを訴えているかのようだが、アオはそれを意に介する様子を一切みせず、ほこりまみれの倉庫の隅の窓を力を込めて開け放つと、「ほら、お前の自由だよ」と小鳥に突き抜けるように青い空を見せてやった。

アオはてっきり小鳥が飛び立っていくとでも考えていたのだろうか。存在して間もなく空の青さを認識した小鳥にもたらされたのは、アオの期待とは裏腹に混乱と恐怖だった。羽ばたく素振りなどみせず、小鳥はガタガタ小さな身を震わせて「ィルヌィ!」と何度も鳴き叫んだ。

「なんて喚いてるの?」

顔をしかめるアオ。僕は少し思案してから「『いらない』だと思う」と答えた。アオは、青空に慄いてあっけなくその美しい声を失った哀れな小鳥に「自由、いらないの?」と問うたが、もうそれは「ケーッ」と潰れた声で懇願するのが精一杯だったようだった。

小鳥はぐったりとアオの首筋に寄りかかって気絶してしまった。

「ケムリ。今日の夕飯、どうしようか」

小鳥をむんずと掴んだアオが、それを粗雑にカーディガンのポケットに入れこむ。

「そうだね。夜は少し冷えるから、シチューでも作ろうか」

僕がそう提案しかけたとき、倉庫の屋根の一部が激しく耳障りな音を立てて裂け、直後に何かが落下したような鈍い衝撃音がした。

すぐに視認は叶ったものの、僕の視界には驚くべきものが映りこんできた。

姿を現したのは、真っ赤なワンピースに身を包んだ少女だった。したたかに体を地面に叩きつけられ、だいぶ不機嫌のようである。少女は僕たちにわざと聞こえるように舌打ちすると、だるそうに体を起こした。

少し離れた位置にいた僕にも、「それ」をはっきりと確認することができた。すなわち、少女の背中には白く小さな羽が生えていたのである。

カーディガンの砂塵を払いながら、アオが呟く。

「食材、降ってきた」

1 シチュー へつづく