空の恋人
コミュニティカフェ「しえる」は、あらゆる傷を携えて生きる人々の居場所として住宅街にひっそり存在している。
不登校から引きこもりになった少女、現実からときどき意識がずれてしまう青年、伴侶を亡くして生きがいを見失った女性……。
「しえる」では、誰もが安心して美味しい食事やお茶を楽しむことができる。なぜなら、どんな人も決して一方的に評価をされることがないからだ。無気力な日々を送っていた朝香もまた、「しえる」との出会いによって一歩踏み出したいと願うようになる。
――けれどすべては、「凪」が起きた後の出来事。だから「彼」は今日も夕焼けを見送る。その胸に、途方もない喪失感を抱きながら。
光の花束
精神科医の森下芳之は、ある日の夜勤明けに若き男性患者・篠崎隼人と出会う。隼人の口から繰り返し漏れる「ランパトカナル」という謎の言葉。
その意味がほどかれて「彼ら」の過去が暴かれるとき、二人の間に不可思議な絆が訪れる。それを、いったい誰に咎めることができるだろう。
人が人を「救う」こととは果たしてどういうことなのか。「救い」が起こるとき、いったい誰が「救われる」のか。
(命を無条件に肯定することがなぜこんなにも困難なのだろうか。)問いかけはただ虚しく、「彼」の抱く傷だけがその答えを知っている。
ゆく夏に穿つ
奥多摩の柔らかな自然に溶け込むようにたたずむ「奥多摩よつばクリニック」には、他の患者やスタッフには知られていない空間が存在する。
「白い部屋」でひっそりと暮らす青年、裕明。彼は解離性同一性障害(DID)であり、「過去と秘密」を抱えながら生きている。
何も変わらない日々を望み続け、それが叶ったところで少しも満たされることのない人生。彼はかたくなに心を閉ざすことで、そんな自分を懸命に守ってきた。
ある日、クリニックに通院している少女、美奈子が「白い部屋」へ足を踏み入れてしまう。
「運命」などと呼ぶには、あまりにもあっけない二人の出逢い。それでも、二人は信じたい。それは間違いなく、お互いの抱く時計と傷とが、静かに交錯し始めた瞬間であったと。
コトノハ
東京の西の街にある喫茶「コトノハ」。ここには人生に少し疲れてしまった人たちが、安らぎを求めて集う場所。
ある日、コトノハに「魔女」を自称する女性が現れたことから、それまでの日常が徐々に変化しはじめる。
一方、数年ぶりに精神科病院からの退院が叶った透。しかし彼の目の前には、諦観と絶望しか転がっていなかった。
そんな彼のもとに、どこか生意気な三毛猫がひょっこり現れる。この出会いがきっかけで、彼の世界は、少しずつだが色彩を取り戻していく。
「彼」について
悪夢をいざなう(元)精神科医、死体と会話する解剖医、人格がほつれ出した若き刑事、そして天使になってしまった「君」。
彼が、誰の笑顔も思い出せないのは何故だろう。
これは不条理が容赦なく降り注ぐ魔都市・東京で繰り広げられる、どこまでもくだらない舞台だ。
「決して、俺を、忘れるな」
彼が血とともに吐くその言葉を、しかし彼自身が誰よりも嘲っていることに、彼は気づいていない。
信じたいのだ——愛とは、正義とは、無条件に肯定されるべきものであると。その手で、真に愛しい人の変わり果てた姿を抱きしめながらも、なお。
「愛の意味」と「正義の定義」を追い求め続けた、愚かな「彼」の顛末を話そうか。
アリスの栞
何をしたいのかわからないまま青春を過ごす真弓がなんとなく出会った、とあるブックカフェ。
そのマスター、中野はもう一つの顔としてバンドのベーシストをつとめている。そのブックカフェの片隅には、いつも不思議な青年がいるのだ……。
夢って、持たなきゃいけませんか。
青っぽい葛藤から逃げたって、刻々と青春は過ぎていってしまう。そんなことはわかってる。でも、だからって、いつも前を向くのを強要されるって、ちょっとしんどい。
そんな折、真弓が出会ったのは伝説のアコースティックバンド「ワンダーワールドメーカー」の音楽。
「なんとなく」の日々が、「ワンダー」に変わっていく。それは、ただ口を開けて待っているのではなく、「わくわく」を燃料に自分から動くことで始まる。
真弓の青春もまた、ワンダーな時間になりそうだ。
Rainbow after the tempest
精神障害者となってはじめて人を愛する恐怖と優しさを知った彼と、泣き虫でワガママで恋愛体質な彼女のおはなし。
激しい嵐の後にこそ、空にきれいな虹がかかるよね。
どんな過去があってもそこから自由になっていいし、どんな深い傷があってもそれらは癒されるために在るのだと、「きみ」と出逢ってやっと気づいた。
幻聴は今も聞こえるし、意識の侵食だってしょっちゅうだ。
そんな僕でも、生きてゆけると確信できたのは、きみと二人で虹を一緒に見上げたから。
「きっと、大丈夫」。
星見ヶ丘
新米カウンセラーの佳恵は、ある日意外な場所で初恋の人に再会する。彼は患者として、精神科病院に入院していたのだった。
戻らない青春の日々。決して戻らないからこそ、愛しい日々。
約束の場所「星見ヶ丘」で、きっと、星になった「あの子」が待っている。
「君に見せたい、景色があるんだ」 。
果たせなかった「約束」という名の痛みとともに、それでも人は生きていく。
桐崎くん
私が恋したのは「切り裂きくん」こと、桐崎くん、でした。
友人の死をきっかけに結ばれてしまった「私」と「彼」の、儚くて、血なまぐさくて、やっぱり甘酸っぱい青春。
(きみがあの子を埋めたことを知っているのは、私だけ。)
砂時計
「僕とユイは、5月のバラに祝福されて結婚式を挙げました」
――ある青年の苛烈な妄想と、彼に寄り添う彼女の決意を裁くかのように、今日もこの街には雨が降る。
「君を傷つけるものは皆、殺してやる」。それでも彼女は、彼を愛せるだろうか。
つちとそら
古城はるかは姉と二人暮らし。慎ましいながらも穏やかな日々を送るパティシエ志望の少女だ。
はるかは、とある街で起きた傷害事件をきっかけにして、殺人願望を間接的に満たすために刑事となった男に命を狙われることになる。
はるかの姉、るいが行きつけにしている美容室「テラエシエル」の美容師、秋川浩輔は思わぬ形で事件に巻き込まれていく。
しかし、何が起きたとしても、そのすべてがどこか他人事のようにしか浩輔には感じられない。なぜなら浩輔の心は、すでに滅んだ星の光を、今でも求めているから。
デート
決して私は負けられない。彼が「決断」してしまうのを、それこそ「必死に」止めなければならないからだ。
今日もゴングが鳴る。上等だ、かかってこい。
浜辺で花火
「今日、この店が閉店したら俺、死んでもいいかな?」
突然の言葉に面食らった聡美だったが、戸惑いつつも彼に一つの提案をした。
「じゃあさ、死ぬ前にひとつ、楽しいことをしようよ」
浜辺で花火をするまでは、死なない。
そんな儚い約束をした、私と彼の、どこにでもありそうな、唯一無二の青春の1ページ。
純愛とか笑わせんな
若宮はいう。
「どうせ殺すなら、私にしてくださいね」。
ヤバすぎる性癖を持つ想い人を振り向かせるために、若宮の無茶苦茶な奮闘がはじまる。