第一話 檸檬
金曜の夜の新宿を、傘もささずに歩く彼は、数多のネオンを睨み返しながら歩いている。その後ろを、訥々とした足取りで私はついていくのだ。 新宿駅を出てはじめて、雨が強まってきたことを知った。濡れながら歩くのは少ししんどい。 「…
金曜の夜の新宿を、傘もささずに歩く彼は、数多のネオンを睨み返しながら歩いている。その後ろを、訥々とした足取りで私はついていくのだ。 新宿駅を出てはじめて、雨が強まってきたことを知った。濡れながら歩くのは少ししんどい。 「…
いやに暖かい風の吹いた日、芽吹きかけた衝動を噛み殺しながら、彼は神保町を歩いていた。古本屋とカレーとサブカルチャーの香り漂うこの街に、彼は自分を遺棄する場所を探していたのだ。 その両目には諦観とひと匙の狂気のなり損ない。…
あなたがどんな造形をしていても 私にはわかるから もう着飾るのはやめてください あなたがどんな憧憬を抱いていても 私にはわかるから もう浸るのはやめてください あなたにしか見えない姿を きちんと見せてみせましょう もちろ…
先日「消しゴムがほしい」という記事の中で、私は「線引きがバカらしくなる社会であってほしい。健常者か障害者か、性的指向、学歴、資格、宗教、国籍、そういうものの境界線が消しゴムで気軽に消せるような。」と書いた。 当然そんな消…
私がいなくなるときにはちゃんとあなたに報告します 手紙を書きます、かわいげのないくせ字になりますけど この前一緒に見た映画には風が全然吹いていなかったので あの館内のどこかには爆弾が隠されていたのでしょう 気づいたら破裂…
どうも、待てないらしい。心の中で「さっさとしろ」と舌打ちする割に直接伝える勇気がないから、SNSに書き込んで鬱憤を晴らすらしい。 今日、ランチで車いすの友達ととある定食屋に行った。会計時、その子が私に車いすに掛けているポ…
いじわるだ くしゃみの数を指で折る 約束はしない孤雁の過ぎる影 愛もまた檻に化けるか青蜜柑 声がするほうを向いたら居待ち月 蜻蛉の儚い夢が永遠か
それは、見守りという名の監視ではないだろうか。人籠とでも呼ぶべき部屋の中で、彼はようやく涼を得ている。 「外は暑いよ。とても耐えられない暑さだよ。だから君は、その中で穏やかに過ごすといい。ああ、鍵なら預かっておくよ。君が…
パソコンにできて人間にできないことの一つに、初期化がある。人間は初期化することができない。 果たして本当にそうか、試した者がいた。ラスティング博士である。博士は、野原を散歩していた少女をディナーに誘い、ビーフシチューを振…
要介護状態の祖母を見舞いに行ったら、祖母はとっくに狼に食べられていて、着けていたオムツだけが無惨に散らばっていた。ちくしょう、有給休暇を取ってまで見舞いに来たってのに、なんだこの事態は。 狼は渋々とあたしを家に入れると、…